『ご飯ネタ』

 「――お疲れさまでした」
 渡した書類に一通り目を通した受付のお姉さんは書類に判を押すと、にこやかに依頼の完了を告げてくれた。
 お姉さんは今度は別の紙に判を押してから、こちらに一枚の紙を渡してくれた。
 今度は僕が「どうも」と告げてにこやかに依頼完了証を受け取った。

 昼過ぎの公共ギルド(主に小さな町や村に設置されている簡易的なギルド機関)は多くの冒険者たちが集まっており、ガヤガヤと騒がしい。
 中にはここ、クーロウの町を拠点に活動している冒険者もいるようで、情報交換などを行っているようだった。
 
「でも流石ですねぇ。噂の盗賊団を三日で壊滅させてくるなんて。難易度もBはあったんですけどね」
 「いやぁ、たまたまですよ。偶然盗賊団の溜まり場を見つけたんで、そこを狙ったらうまくいっただけですよー」
 「いやいや、さすがは第二ギルド筆頭『爆発の勇者パーティ』。鮮やかな手際ですね」
 「ははは、ありがとうございます」
 最後にお姉さんに感謝を告げて、公共ギルドを出た。

~~~~

 「終わったのか?」
 公共ギルドを出ると待っていた茶髪の女性――レイア・ウルトゥスに声を掛けられた。
 「うん、終わったよ。はい、これ」
 先ほど受け取ったばかりの依頼完了証をレイアに渡した。
 この依頼完了証を大きめの街にある各ギルドの支部――僕たちの場合は第二ギルドの支部に渡すと報酬が受けとれるのだ。
 レイアはじっくりと依頼完了証に目を通した後、
 「……概ね予想通りの報酬額だったな」
 少し残念そうな声音でレイアは呟いた。
 「ま、公共ギルドの依頼だからねぇ。あんなもんじゃないかなぁ」
 僕が呑気にそう返すと、レイアは僕の方をもの言いたげな目で見た。
 数秒間互いの視線がぶつかり合ったが、やがて先にレイアが諦めて視線を外し、ため息を吐いた。
 「まぁ、お前が納得してるんなら仕方ない」
 「そうそう、目的も果たしたんだし、とりあえずいいじゃない」
 僕がまた呑気に返すと、レイアは少しだけ口角を上げた。
 「さて、私は先に宿に戻ってゆっくりしているよ。アレンの奴も気になるしな」
 「アレンには今回も頑張ってもらったからねぇ」
 もう一人の仲間――アレン・リードを思い浮かべる。
 彼は世にも珍しい『精霊使い』なのだが、今回の盗賊団に関する情報集めやらなにやらで随分と無理してもらった結果、魔力混線によってダウンしてしまったので宿で大人しく寝ているのだ。
 「アベルはどうするんだ?」
 「んー、お昼ご飯も食べたいし、町をぶらついてから戻るよ」
 「そうか」と短く返事するとレイアは宿の方へ歩き出した。
 レイアの背中を見送ってから、軽く伸びをする。
 随分と天気がいい。
 真っ青な空に真っ白な浮雲が浮かんでいるのが見えた。
 「さーて、何しようかな」

~~~~

 クーロウの町は人間界第一大陸の南西の端に位置する町である。
 その位置関係から一年を通して温暖な気候に恵まれる町であり、また古くから貿易の中継地としても活用された経緯のある港町でもある。
 そんな気候と歴史の関係から、(主に柑橘系の)果物栽培や漁業の盛んな小さな田舎町であった。
 三年前までは。
 三年前、クーロウの町のほど近くに遺跡があることが分かった。
見つかった遺跡で調査団が調査を行った結果、その遺跡が人魔大戦最初期の遺跡であることが判明した。
 この『クーロウ旧跡』の発見によって、多くの冒険者や研究者がクーロウの町に訪れる様になった。
 そして多くの冒険者や研究者が訪れる様になると、彼らが必要とする商人や職人も多く移住するようになった。
 このような経緯を経て、クーロウの町は随分と発展した大きな街になってきている。

 僕たちがクーロウの町に訪れたのも、『クーロウ旧跡』が目当てである。
 ただ、現在『クーロウ旧跡』に入れるのは関係者のみ、ということになっている。
 だからこそ、そこそこ大きめの依頼を達成して、関係者からの信頼を手に入れる必要があった、というわけである。

 さて、そんなクーロウの町であるが、先述の通り元々は交易や貿易の中継地であり、また環境の関係から漁業と果物類の栽培が盛んな町であったわけだが、これらの組み合わせはつまりご飯が美味しいということに繋がる。
 実はクーロウの町は元々、一部の冒険者や料理人たちの間で知る人ぞ知るご飯の美味しい町であったのだが、三年前からの発展のおかげでその噂が世界中に広がり、今や料理人たちがこぞって修行に来るような町になった。

 「こんなに発展しちゃうとお店もたくさんあって困るなぁ……」
 大きな街にも劣らない活気を見せる大通りを歩きながら独り言ちる。
 先ほどから大通りに面した様々な料理店からいい匂いが漂い、空腹を刺激するのだが、いかんせんほとんどのお店がほぼ満席のように賑わっている。
 「うーん、ご飯は静かに食べたいしなぁ」
 なんとなくあまり賑わっているような所ではない場所で食事はしたい。
 「と、いうことは……」
 ふと、小さな路地が目に入った。
 大通りの賑わいから見て、このまま大通りを進んでも求めているようなお店はおそらくないだろう。
 となれば、正解はこういう小さな路地に入って、裏通りでも探すのが得策であろう。
 そう考えて躊躇なく路地に入る。

 整備された小綺麗な路地を真っ直ぐ突き抜けると、随分と長閑な裏通りに出た。
 後ろの方からは大通りの活気が聴こえてくるが、こちらはその活気を気にしないかのように、発展する前のクーロウの町の『日常』を残しているようだった。
 「……うーん、いい雰囲気だなぁ」
 これなら求めているお店もありそうだ、とキョロキョロと辺りを見回してみると数件の料理屋を見つけた。
 数秒、そのまま思考したあと、見つけたお店の内、比較的新しそうなお店に入ってみることにした。

 「いらっしゃいませー」
 店内に入ると若そうな店主が挨拶してくれた。
 店内には数人の客が疎らにいる程度であったが、どうやらほとんどがこの店の常連のようで二人で話している者やウェイターらしき少女と話している客が見受けられた。
 「空いてる席に座ってください」
 店主は忙しいようで厨房から声だけが聴こえた。
 店主に言われた通り、空いていた窓際のテーブルに着いた。
 窓からは晴れ渡った空と青く光る海が見えた。
 のんびりとした雰囲気の感じられる随分といい眺めだ。
 この景観が見られただけでもこの店に入ったのは正解だったように思えた。
 「いい眺めでしょー。はい、お冷」
 ぼーっと景観を眺めているといつの間にかウェイターの少女が水を持ってきてくれていた。
 「この辺りじゃ見ない顔ね。お兄さん冒険者?」
 「そうだよ。たまたまこの裏通りに来たから寄ってみたんだ」
 「そう、じゃあお兄さん正解を引いたわね。うちの店長の料理は絶品よ」
 少女の言葉に合わせて周りの常連客達からも「最高ー」とか「うまいぞー」なんかの野次が飛んでくる。
 どうやら味の方も期待できそうだ。
 「店長、大通りでも十分勝負できるのに、この景観が惜しいみたいでこの裏通りから動かないのよ」
 少女が自慢げに告げると、厨房の方から「そこまでじゃないよー。まだまだ修行中だよ」という店主の困ったような声が聞こえた。
 店主の言葉に店の客や少女が笑った。
 なんとものんびりしたお店だ。
 「注文どうする? とは言っても、うちにはA定食とB定食の二つしかないんだけど」
 「へー、何が違うのかな?」
 「A定食が魚料理で、B定食が肉料理になっております。冒険者のお兄さんにはクーロウの特産でもある魚介類を使ったA定食がおススメよ」
 かしこまったように少女が言った。
 「じゃ、A定食でお願いするよ」
 「はーい、かしこまりました!! てんちょー!! A定食一つー!!」
 「はーい!!」という店主の威勢のいい声が厨房から響き、一層厨房が忙しくなったようであった。

 窓の向こうの海岸ではクーロウの町の子供たちが泳いだり、飛び込んだり、砂浜で追いかけっこをしたり、中には魚釣りをしている子供もいるようで、海を満喫しているようだった。
 もっと奥、海上に目をやれば数隻の船が常に行き交っていた。
 海上輸送船や単に移動用の船、漁船など種類は様々なようだった。
 「はーい、お待たせしましたぁ!!」
 またぼーっと窓の外を眺めていると、ウェイターの少女が料理を運んできてくれた。
 「これがパン。すぐそこのパン屋さんから朝と昼に仕入れているのよ」
 少女が柔らかそうな白パンの乗った皿をテーブルに置いた。
 「次がサラダね。これも毎朝店長がマーケットに行って新鮮な野菜を選んでくるのよ。ドレッシングにはクーロウ特産の柑橘を使ってるわ」
 今度は小皿に盛ってある色鮮やかなサラダと小さな器に入ったドレッシングを置いた。
 「次はスープ。うちの自慢の一品で、店長が毎日世話してるわ」
 透き通った色のスープを置いた。具が入っていないところを見ると実際に随分と自信があるようだ。
 「最後がメインの魚の蒸し焼き。もちろん今朝獲れたての新鮮な魚を使ってるわ」
 最後に一番大きな皿をテーブルに置いた。魚と香草、そして僅かな柑橘の爽やかな香りが絶妙に食欲をそそる。
 「以上です。じゃあ、お兄さん、ゆっくりしていってね」
 最後に伝票をテーブルに置いて、少女は厨房の方へ戻っていった。

 もう一度テーブルの上に並んだ定食を眺める。
 色合いのバランスも良く、なんとも食欲をそそる香りが漂う。
 「美味しそうだなぁ……!!」
 いい加減、空腹も限界である。
 さっそくいただくとしよう。
 フォークを持ち、最初にサラダの小皿を手に取った。
 「……いただきます」
 静かに告げてサラダを口に運ぶ。
 シャキシャキと口の中で野菜が音を鳴らした。
 本当に新鮮ないいものを使っているのだろう、これだけでも十分な味わいが楽しめる。
 だがしかし、ドレッシングも忘れてはいけない。
 今度はサラダの上に少量のドレッシングをかけて、口に運ぶ。
 「……美味しいなぁ!!」
 柑橘系の爽やかな酸味とまろやかに仕立ててある塩味が野菜本来の美味しさを際立たせているようだ。
 これだけでもう十分店主の腕を信頼してしまうほどだ。
 だが、しかし今度はその店主自慢のスープに口をつけることにする。
 スプーンでスープを掬い取る。
 透き通ったなんともきれいなスープだ。
 「……うまい」
 野菜や肉のうまみが凝縮したようなシンプルなスープだが、なんとも表現できない不思議な味の奥行きを感じる。
 また、こちらもまろやかな塩味で仕立てられており、体中にスープの旨味が染みわたるようだった。
 今度はメインの魚の蒸し料理を口に運ぶ。
 無論、此処まで来て美味しくないわけがない。
 魚介類特有の嫌な臭みは一切なく、旨味を巧みに使った逸品だ。
 おそらくは店主独自に配合を考えたであろう香草が魚の旨味を後押しし、隠し味として使われている柑橘の果汁が最後まで味に嫌味を与えず爽やかな香りで口の中を包むようであった。
 僕はどんどん食事に没頭していった。

 「毎度ありー!! お兄さん、クーロウの町に滞在するならまた来てねー!!」
 店の入り口から手を振る少女に僕も手を振り返した。
 なんともレベルの高い、美味しいお店だった。
 少女が最初に言っていた店主が大通りでも通用するというのは、何ら嘘ではないのだろう。
 量に関しても丁度いい量であり、心地の良い満腹感が僕を襲い、天気と相まって眠気を誘っているほどだ。
 金額もなんともリーズナブル。そこいらの大衆食堂と大して変わらない値段であのクオリティの料理を提供しているとは、店主になんとも心入る。
 時折、レイアの冒涜的壊滅料理を口にさせられる僕としてはもうこれ以上褒めることがないくらいに褒めちぎりたいほどのお店であった。
 アレンが回復してくれるまで、レイアの料理という危険が付きまとってしまう以上、また利用しよう、と心に誓った。
 そんなクーロウの町の良く晴れた日の午後であった。

                                 完

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