テスト 2

 涼やかな風が部室のカーテンを穏やかに揺らした。
 カタカタとキータッチの音が響く部室には生徒が二人。
 PC画面に視線を戻し作業に戻った月瀬水仙と撃沈されたように机に突っ伏している桐間周の二人だけ。
 二人の間はかれこれ十数分程は沈黙が続いていた。
 学校生活の危機に、恥を忍んで先輩に頼ってはみたものの「面倒だから」なんて理由で拒否された周としてはどうにも納得がいかず不貞腐れるしかない。
 もちろん、今となっては短くない付き合いなのだから目の前の傍若無人な先輩が快く引き受けてくれる、なんてことを思っていた訳ではない。
 が、それにしたって取り付く島もないような断られ方をしてしまうとなんだか納得がいかない。
 納得がいかないし、テストの点数は絶望的だった。
 テストの点数が悪ければ、おそらく補習になるだろう。
 一教科や二教科程度の補習であればいいのだが、その程度で済むとは思えない。
 そうなれば、しばらくの間この居心地の悪くない部室に来ることは出来ないだろう。
 「……」
 「……」
 無言の部室で、不意にキータッチの音が止まり、それからわざとらしい大きな溜め息が響いた。
 「……おい、周。面白い話でもしろ」
 どうやら作業に飽きたらしい水仙がいつもの無茶振りをした。
 いつもならきちんとリアクションを返す周だが、今日は机に突っ伏したままだった。
 「……嫌っす」
 それでも無視を決め込まなかったのは良心から、ではなく、無視をした場合の水仙があまりに怖いからだ。
 周にとっての精一杯の抵抗であったが、直後に響いた舌打ちの音にビビり、結局は机から起き上がった。
 「今日は無理ですよ。今回のテスト、マジでヤバくてそんな気分じゃないんすよ」
 情けない声で弱音を吐きながら水仙の方を見た。
 水仙は元より周の方を見ていたようで、自然と目が合った。
 思った程は怒っていない様子の水仙にホッとするが、それでも真っ直ぐな水仙の視線は周を貫いた。
 「じゃあ、勉強しろよ」
 「うっ……」
 月瀬水仙には似つかわしくない程の正論で、周は言葉でも貫かれた。
 周はまた崩れる様に机に突っ伏した。
 元々、勉強など大して好きではない。
 中学の時は勉強ぐらいしかすることがなかったし、高校受験の際に頑張ったのは居心地の悪い中学校やその雰囲気を作っている同級生たちから逃げるためだった。
 対して、今は、だ。
 教室での居所の無さこそ昔と変わらずあれど、この部室という居場所を手に入れたおかげで学校の片隅できちんと生活している実感がある。
 恵まれた話だが、そうなるとどうにもわざわざ勉強を頑張る理由が周には持てなかった。
 そこまで考えて、周は再び机から起き上がった。
 恵まれているからこそ頑張らなければ。
 周は相変わらず気怠さを感じながら、何とかカバンからノートと教科書、それと問題集を取り出して机に並べた。
 「崩れたり起き上がったり、忙しないやつだな」
 呆れたようにため息を吐く水仙をチラリと一瞥して、それから問題に向かう。
 凡人の苦労が部長にわかるわけないな、と周は改めて思った。

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