『ラスボス前のセーブポイントでありそうな話』

 ダンジョンがひしめき、魔物が跋扈する世界。
 人々は剣と魔法を引っ提げて、世界の開拓を目指している。

 そんな世界の片隅。
 約三十年前に突如として発見された古城があった。
 古城までのルートが複数の難関ダンジョンに囲まれた上、その古めかしい城自体もほんの一握りの冒険者だけが探索をできるような高難易度のダンジョンであった。
 そのあまりの難関さに、三十年間数多の冒険者たちが挑んでは敗れ、時には命を失い、教会で生き返ったりしていた。
 いつしかその古城は、あまりの難関さから『魔王城』と噂されるようになった。

 魔王城とは、つまり魔物の内その最上位種である魔王種が統治する城の形状をした特殊なダンジョンである。
 この世界の人類の歴史を紐解いても魔王種と人類が邂逅した記録はそう多くなく、両手で数えられる程度しかない。
 さらに言えば、実際に人類の側が魔王種に勝利したという話になれば、神話の時代のお話を含めてもたったの三回だけであり、勝利した人間は漏れなく後世に語り継がれること間違いなしであった。 
 そうとあっては冒険者の血が騒ぐというもの。
 噂が噂を呼び、有象無象、英俊豪傑、有名無名を問わない千万無量の冒険者たちは挑み続けたが、遂に三十年間、最後の扉を開き、古城を統べる魔王種の姿を拝んだ者さえ現れなかったのであった。

 そんな『魔王城』の最後の扉の前に一組の冒険者パーティが到達していた。
 扉の前の空間の一部はセーフティエリア――いわゆる『セーブポイント』となっており、彼らは最後の休息をとっていた。

 「……遂にここまで来たな」
 パーティのリーダーである少年は感慨深そうに呟いた。
 少年はかつて故郷を失い、冒険に繰り出した。
 最初は何度も失敗を繰り返す日々だったが、少しづつ実力を蓄えていった。
 彼には天性の才があった。
 剣術と魔法、その双方に優れた彼は徐々に頭角を現していった。
 やがて『複数のダンジョンの踏破』という実績や各地での彼の人助けを見て、人々は彼を『勇者』と呼ぶようになった。
 「そうね、長かったわ」
 勇者の言葉に向かいに座った少女が同意した。
 少女は勇者の幼馴染であった。
 そのため少女もまた故郷を失い、勇者と共に冒険に繰り出した。
 勇者と共に様々な困難に立ち向かい、実力を蓄えた。
 彼女にも天性の才があった。
 魔法に優れ、やがて災害と見紛うほどの大魔法を易々と繰り出す様になった。
 やがて人々は畏敬を込めて『天災の魔導師』と呼ぶようになった。
 「……あれから十年も経ったんですね」
 二人の向かいに座った少女が言葉を続けた。
 少女は勇者の妹である。
 彼女もまた故郷を失い、二人と共に生活してきた。
 二人より二つほど幼かった彼女を勇者たちは必死に止めたが、それでも二人の足手まといにならないよう、二人と共に歩んでいけるよう実力をつけてきた。
 彼女は特別な才能に恵まれたわけではなかった。
 しかし、二人を思う気持ちと弛まぬ努力を続け、今では立派な回復魔法の使い手としてパーティを支えている。
 二人があれほどの才覚を現わせたのは、護るべき彼女がいたからに他ならない。
 「君たちの過去、か。つらい思いをしてきたんだものな」
 少し離れた壁に寄りかかっている女騎士が答えた。
 彼女は三人と同郷なわけではない。
 新進気鋭で、一気に名声を上げた勇者たちの素行調査のため王都から派遣されたのが、当時の騎士団で最も優秀と謳われた彼女だった。
 最初はただの調査だったが、勇者たちの人柄や過去に触れ、苦楽を共にしてきたことで真に仲間と言える関係を築き上げた。
 一回り近く年上の彼女にとって、勇者たちは弟や妹のような存在になった。

 しんみりとした空気が流れる。
 勇者が思い出したように、ふと笑った。
 「……まだ、しんみりするには早いな」
 「……そうね。まだ、これらからやることがあるしね!!」
 勇者と魔導師が睨みつけるように扉の方に体を向けた。
 二人の様子に勇者の妹と女騎士は呆れたようにため息を吐いた。
 「待て待て、まだ回復もしきっていないだろう。もう少し休め」
 「そうですよ。万全の状態で挑まないと……」
 冷静な女騎士と心配そうな声の妹に諭され、二人はもう一度体を戻した。
 「すまんすまん。つい、な」
 勇者は言い訳するように曖昧な笑みを浮かべた。
 
 少しの沈黙が訪れる。
 
 どうやら二人とも緊張しているようだった。
 それを察した女騎士が少し笑って、口を開いた。
 「そういえば、王都の南通りの食堂が無くなるらしいぞ」
 「あぁ、この前すれ違った商人さんたちがお話してましたね」
 場の空気を変えるための雑談だった。
 女騎士の話に妹が反応した。
 「南通りの食堂……って、あのおばあちゃんのところ?」
 と、魔導師。
 「え、あそこか? 随分、繁盛してたけど」
 と勇者。
 「まぁ、あの店のばあさんも高齢だからな。完全に動けなくなる前に店を畳むらしい」
 女騎士が追加情報を出した。
 「そうなのか……。王都に出てきたばかりの駆け出しのころ随分世話になった店だったな。王都に行くたびに寄ってたんだが……そうか……」
 「随分お世話してもらった思い出があるわ……。まだ、お金もあんまりなかったのに、出世払いでご飯食べさせてくれたりもしたわ」
 「そのお金、まだ返せてないです……」
 「そうだな……返しに行けてない」
 深刻そうにうなだれてしまった勇者たちをみて、流石にまずいと感じ女騎士はまた口を開いた。
 「私も王都時代に世話になった店だから悲しいが今生の別れなわけじゃないんだ。それにまだ一週間くらいは営業するといっていたが……」
 『一週間?』
 勇者と魔導師の声が被った。
 勇者と魔導師の頭脳に電撃が走ったようだった。
 妹はまだうなだれている。
 「一週間って本当の話ですか?」
 勇者は確かめる様に真剣な剣幕で女騎士に訊ねた。
 「え……お、おぉ商人たちの情報だから間違ってないと思うけど……」
 「それなら……」
 もし。
 もし、これから扉の先にいる魔王種と噂されるこの『魔王城』の主と戦闘し、勝利したとしても、疲弊や消耗を考えると、王都まで戻るのに一週間以上かかるだろう。
 敗北したとすれば、蘇生するまでの期間を考えるとそれ以上にかかる。
 
 だが、しかし。
 もし仮に、目の前の扉を無視して、これから全力で王都に戻ろうとすればどうだろうか。
 勇者たちのパーティの練度からいって、一週間以内に王都に着くのは明白であった。

 「……戻るぞ」
 「……えぇ、戻りましょう。全力で」
 勇者と魔導師の二人が立ち上がった。
 「おいおいおい、ちょっと待て!! 目の前の扉は!?」
 「ここにはまた来ればいい。でも、王都の食堂はもういけないかもしれない」
 「また来れば……って」
 「大丈夫ですよ。俺たちならまたいつでもここに来れます。そうでしょう?」
 勇者は笑った。
 そこに迷いはなく、こうなってしまえばテコでも動かない。
 「…………やれやれ、毎度キミには驚かされるよ」
 呆れたように言いながら女騎士も覚悟を決めた。
 何より、そんな彼らに動かされてきたのだ。
 勇者が妹の手を取り、立ち上がらせた。
 「さて、急ぐぞ。大変だ」


――かくして『魔王城』はまたしても攻略されなかった。

 千万無量の冒険者たちの攻略を阻み続けた『魔王城』には秘密がある。
 最後の扉の前のセーブポイント、そこに『魔王城』の秘密がある。
 かつて『魔王城』の主である、引きこもりの魔王種が仕掛けた秘密の魔法。

『このセーブポイントに触れたものは大事な用事を思い出して、帰る』

                                完

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?