from white to scarlet 3

 「……あら、残念。もう見つかっちゃったのね」
 言海とアメイシアは睨み合うように視線を交錯させたが、数瞬ののちに驚くほどあっさりとアメイシアが身を引いた。
 アメイシアはそのまま椅子の背もたれに深く体重を預けると、わざとらしく艶めかしい動作で足を組んだ。
 対する言海は俺の方を見て短く微笑んだ後、持ったままだったメニュー表をテーブルの上に戻し、それから視線をアメイシアの方へ向けた。
 横顔から垣間見える視線は、普段とは比にならない程に鋭い。

 「何故ここに現れたのかは知らんが、私の前に現れた以上は何もさせんぞ、『偉大なる魔女』」
 牽制するような言海の言葉を受けてもアメイシアは気にする風もなく、手元のコーヒーに優雅に口を付けてから口角を上げた。
 「その呼び名は好きじゃないわ。仰々しいでしょう? 私の名前はアメイシア・テオフーラ・ファナシオン。遥か昔から私はそう名乗っているわ」
 「……いつからその名前を名乗っているのか知らんが、未来の超大陸の名前なんてそれこそ仰々しいだろう」
 呆れたように呟いた言海の言葉にアメイシアは妖しく微笑むだけだった。
 「貴女の『お仕事』はわかるけれど、とりあえずお座りになったらどうかしら? 琴占言海さん」
 アメイシアが俺の逆隣の席を指す。
 言海はほんの一瞬の間を挟んで、それから席に着いた。
 俺を挟むようにして言海とアメイシアの視線が交錯する。
 「清景に何をするつもりだった?」
 「フフフ……」
 「答えろ」
 静かに、しかし確かに言海の放つ圧が増していく。
 言海の放つプレッシャーを受けて尚、アメイシアは妖しい微笑みを消すことはなかった。
 「答えなかったらどうするつもりかしら?」
 「……いくら貴女でも私に勝てるとは思わないが?」
 「確かに、直接戦闘なら貴女の方に大いに分があるとは思うけれど。でも私だって抵抗するのだから、周りはどうなるかしら? たとえ相手が貴女でも街の一つ更地にするぐらい私には造作もないのだけれど」
 クスクスと笑いを堪えるような様子を見せて、アメイシアは再び優雅にコーヒーに口を付ける。
 言海は静かに握っていた拳をさらに強く握った。
 琴占言海という人間が、ここまで怒りや焦りを表に出しているのを見たのを俺は初めてだった。
 言海がそれ程までになるのだから、アメイシアという女性がどれだけの脅威なのかは理解出来た。
 背筋を伝う冷たい汗を誤魔化すよう、努めて冷静にアメイシアの方に視線を投げた。
 視線が合う。
 アメイシアは妖艶な表情で微笑みを返した。
 「……『オーブ』なんて物を作って、ばら撒いたのは何故だ?」
 「さっきから質問ばかりねぇ。まぁ、いいわ年長者として答えてあげましょうか」
 勿体ぶるようにアメイシアはコーヒーをテーブルに置いて、それから再び口を開いた。
 「暇つぶし、かしら」
 ブチ、という音が聞こえたと錯覚するほどに空気が震えた気がした。
 空気が完全に変わり、俺は反射的に背筋を正してしまう。
 目の前のアメイシアが一層楽しそうに笑みを強めるが見えた。
 俺は、しかし、隣に居るはずの恋人の様子を見ることはできなかった。



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