時に雨は降る 8

 錬樹は異音の正体を未だ目視で認識していたわけではなかった。
 それでも駆動音さえ掴めれば、目標の位置の推測など簡単なものだ。
 距離を詰めた錬樹の手にはいつの間にか短く光る刀剣が握られていた。
 脇差や刺身包丁を連想させるような、鋭く細いそれが錬樹の愛刀。
 錬樹は距離を詰めた勢いを殺さぬまま剣を振り上げた。
 バチッという小さな音を立てた後、真っ二つになった目標は静かに雨に濡れる地面に落ちた。
 少し離れた位置にある街灯が淡くそれを照らしていた。
 「ドローン、ね」
 目標の正体を確認した錬樹だが、相手からの攻撃はまだ終わっていない。
 無数のドローンから放たれる強化された銃撃が錬樹を狙う。
 錬樹もその場に留まる様な真似はしない。
 すぐに走り出し、次の行動に移る。
 選択肢は二つある。
 とりあえず近場のドローンを全て破壊してしまうか、能力者である女を探しに行くか。
 どちらにしてもそれほど難しい事ではない、が。
 「とりあえずさっきの女の人を見つけよう」
 選択肢はあっさりと決まった。
 決めた理由はいつも通り。
 「そっちの方が面白そうだ」
 錬樹は口角を持ち上げ、未だ止まぬドローンからの弾幕を避け、移動を始めた。


 女の気配はうまく隠れている。
 プロの技術だと思う。
 その気配は『雲を掴むようなもの』と言っていいのかもしれない。
 が、時雨錬樹にとっては大した問題にならない。
 なんせ雲を掴めるならば十二分だからだ。
 錬樹は後を付いてくる、或いは先に待っていた無数のドローンを無視するように王力を展開、索敵を行う。
 敵からすれば無防備に自身の居場所を報せるようなもので、ドローンの数は次第に増えていく。
 その無数の射撃を気にも留めず索敵を続け、走り続ける錬樹。
 大きなスポーツ公園の中、舗道を走り、競技場の脇を通り、林を抜ける。
 木々の隙間を抜け出て、公園の中央付近に作られた駐車場が目に入った時だった。
 「ん。居たね」
 それは明らかだった。
 見えたのは工事車両程度の大きさの機械の塊だった。
 もう少し正確に言えば、それは両腕と両足を持った姿をしていた。
 それをアーマードスーツと呼ぶべきなのかパワードスーツと呼ぶべきなのか、錬樹は一瞬疑問を浮かべたが、関係は無い。
 向こうも錬樹を捉えたのだろう。
 正面のガラス質が淡く光った。
 
 錬樹はまた口角を上げていた。
 なにせ面白い獲物だった。
 これまで幾度も戦闘をこなしてきたが、目の前にいるような機械の塊、それも半分は電気によって、半分は王力によって動力する様なものの相手は初めてだったからだ。
 会敵まで数メートル。
 錬樹はそれまで走ってきた勢いを利用するように跳び上がった。
 
女は焦っていた。
 時雨錬樹はプロである自分の隠匿を看破し、一直線に向かって来たのだから。
 時雨錬樹を侮っていたわけではない、と思っていた。
 しかし、それは間違いだった。
 頂点の能力者の一人をそう易々と崩せるわけなどなかった。
 急いでスーツを始動させ、その拡大された巨大な拳を握りしめる。

 激突は空中で起こった。

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