夏とアイス
『ありがとうございましたぁー』
背後から聞こえる覇気のない店員の声を遮るようにコンビニのドアが自動で閉まった。
途端、ひどい熱気と湿度、そして強烈な真昼の陽光が体全体を包み込む。
「あっちー……」
思わず呟いてしまったその一言が、更に熱気を上げる気がして、俺――桐間周は我慢できずに買い物を終えたばかりの袋の中からソーダ味の定番アイスを取り出した。
真夏の耐えられない暑さの時にはこれに限る。
普段なら人目が気になってコンビニの軒先で何かを食べる行為など出来ないのだが、緊急事態と言って何ら差支えの無いこの暑さの中でそんなことは気にしてられない。
さっそくアイスのパッケージを開け、一口齧る。
「……うめー」
口の中に爽やかに広がった涼が、束の間だけ今日の気温を忘れさせてくれる。
しばらくこの快感を噛み締めていたいところではあるのだが、なんせこの気温なので急いで食べなければアイスはいとも容易く溶けてしまう。
名残惜しさを感じつつも、俺はアイスをバクバクと平らげるのだった。
夏休みもすっかりと後半だった。
もう一週間もすると憂鬱な学校が始まってしまう。
それを考えると嫌な気持ちになるが、幸いなこともある。
実は、今年は宿題がほとんど片付いているのだ。
夏休み中、『例の事件』の時以外は部活に呼び出されたときにコツコツと宿題を片付けていたのだ。
いつも通り、呼び出されたからと言ってこれと言ってやることは無いし、すっかり馴染んだとはいえ部室は家の自室とは違うので集中できるし、伊吹先輩がいる時にはわからないところを丁寧に教えてくれるし、その上毎回褒めてくれるので、気が付いた時にはほとんどの宿題が終わっていた。
だから、こうして暇を持て余して自宅からはほんのちょっと遠いコンビニまで散歩がてら来たりしているのだった。
ここ一週間程、部長からの呼び出しが無かった。
あの傍若無人さを考えてみれば、まさかこちらに気を遣ってなんてことは無いと思うので、おそらく部長は忙しいのだろう。
対して俺が何をしていたかと言えば、だ。
何もしていない。
結局、部長からの呼び出しでもなければ俺は基本的に引きこもりとそう変わらない生活をしてしまう。
両親の実家に帰省したりもしたが、それも近場に住んでいる片方に日帰りで行ったぐらいで、あとは基本クーラーをよく効かせた自室にずっといた。
思い返してみても、何をしたという記憶全体がすっぽりと抜けているような気分になるほどには何もしていなかった。
とはいえ、せっかくだから何かしようなんて思っても俺には友達なんてものは存在していないので、何をする気にもならない。
その上、安易に繁華街にでも行こうものならいつものように時代錯誤ともいえるような絶滅危惧種の方々に絡まれるに決まっている。
だから、家で大人しくしているのが正解なのだ。
(別に哀しくもないし寂しくもないやい)
たまたまコンビニの前を通りがかった同い年くらいに見えるカップルに奇異の目を向けられたので心の中で強がってみたりしたが、途端に馬鹿馬鹿しくなった。
「……帰ろ」
なんの刻印もなく見事に外れだったまっさらな木製のアイスの棒とパッケージをコンビニ袋に突っ込み、歩き出す。
コンビニに捨てればいいのだが、退店した店に再度入るという行為が苦手なのでゴミは家で捨てることにする。
先程までアイスのおかげで幾分和らいでいた気持ちが沈むにつれ、視線も自然と足元に下がっていった。
部長も部長だ。
あれだけ散々人を振り回しているのだから、たまには連絡くらい寄越してくれてもいいのに。
「――……おい」
というか、そもそも毎回毎回直前に呼び出さないで先の予定を告げていて欲しい。
「――……おい!」
部長への文句を考えていたせいで、俺は背後から声が掛かっているのに全く気が付かなかった。
気の短い相手は語気を強くして俺の肩を掴み、振り向かせた。
何事かっ、と思い咄嗟に構える。
ここから襲撃にも慣れてしまっている哀しい性だ。
相手の姿が見えた。
無地のTシャツというラフな格好をした女性、と見えた瞬間に一瞬気を緩めたが、相手の顔を見てすぐに構えたのは正解だったと気づく。
「お前、今失礼なこと考えてただろ?」
「……いえ、誓ってそのようなことはありません」
そこに立っていた不機嫌そうに口角を歪める女性は、初めて見る制服姿以外の部長――月瀬水仙だった。
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