時に雨は降る 9

 女の操る機械のスーツは、その見た目とは裏腹に素早く、機敏に動いた。
 握った右の拳を引くと、人の体でそうするのと同じように王力を練り上げ、拡張された体ごと肉体強化をする。
 その様子を見た錬樹は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに表情が戻る。
 それだけ。
 王力を今以上引き出す素振りも、能力を行使する素振りも見せず、空中で静かに薄く強化してある右の拳を引いた。
 錬樹のその様子に驚いたのは女の方だった。
 なにせ、どう考えたってその程度の王力による肉体強化ではこちらが勝つに決まっている。
 それでも、余裕の笑みを崩さない時雨錬樹に怒りさえ感じ始めた。

 次の瞬間にはお互いの右の拳がぶつかり合う。
 その刹那に錬樹の静かな呟きが挟み込まれた。
 「『雨天の一撃』」
 直後、二人はほぼ同時に右の拳を放ち、激突。
 生身と機械の拳がぶつかり、本来上がるはずのない轟音と衝撃が開けた駐車場全体を大きく揺さぶる。
 結果は――
 吹き飛ばされたのは、やはり錬樹であった。
 右の拳を放ったままの女と空中に再び弾き飛ばされた錬樹。
 しかし、ダメージは軽い。
 錬樹はすぐに空中で姿勢を直し、綺麗に地面に着地。
 数メートルほど滑るように後退したものの、それだけ。
 次の瞬間には激突したはずの右手をプラプラと揺らした。
 「うん。思ったよりも強いね」
 「……は?」
 当然の驚愕。
 いや、時雨錬樹が強い事など充分に理解している。
 それでもだ。
 それでも先の程度の王力量でこちらの拳を受けて無傷など、ありえない。
 データは見ていた。
 『雨天の一撃』。
 本来循環という流れを取る王力を瞬間的に任意の方向へ集中させ、威力を劇的に上げる。
 時雨錬樹の父親が開発し、その子である時雨姉弟が使用している技。
 確かに強力な技であることは確かであったが、それをあの程度の王力量ですらあんな威力に変えてしまえるものなのか?
 そうだとしたら……――。
 コックピットの中に身を置く女の脳裏に焦燥が過ぎる。
 様々な計器によるデータ表示の奥、画面越しの時雨錬樹が相変わらず笑っているのが見えた。
 「っ……!」
 ここで、暴走してしまえば所詮その程度だった。
 女はプロ。
 脳裏の焦燥を抑え込み、努めて呼吸を整えた。
 次の一手に出る。
 王力を行使し、冷静に能力を発動する。
 すぐに待機させていたドローンが錬樹の周囲をぐるりと取り囲んだ。
 再び無数の銃口が錬樹を取り囲む。
 さらに対面には大きな脅威。
 それでも笑みを崩さないのは時雨錬樹が時雨錬樹だから。
 「おっ、と。これは僕ももう少しやる気を出さないとダメかな」
 王力を練り上げる錬樹。
 だが、それよりも早く、女は無慈悲に小さく指を動かした。
 それだけで全機が一斉に動き出す。
 ドローンの射撃が錬樹を狙い撃つ。
 女も今更その程度で倒せる相手などと油断しない。
 その奥に構える女自身の操る巨大な機械が動き、短いチャージの動作を行う。
 油断は無い。
 確実に目の前の敵を葬る。
 その確かな覚悟を持って、女は機体のトリガーに指を掛けた。
 
 女のその動作の一瞬前、ドローンからの砲撃の着弾が始まる。
 その中心で錬樹は、王力を行使した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?