『動物と会話できる人間』
「ほぅ……」
カイロ代わりに自動販売機で買った温かいお茶を一口飲み、白い息を吐いた。
1月1日、元日の今日は住宅街の中にあるこの公園はいつもより一層静寂を保っている。
日は傾き、空は淡い藤色をしていて、冬の寒さを引き立てているようだった。
ぼーっと、そんな空を眺める。
年末の忙しさから解放されたこともあり、なんだかぼんやりしてしまう。
しかし、我ながら去年は駆け抜けた一年だった。
体感的には世界を救ったあの一年よりも忙しかった、と思う。
ぼんやりと昨年を振り返りながらカバンからスマートフォンを取り出し、画面を確認する。
画面は一件のメッセージを表示していた。
「ふむ、まだ掛かりそうか……」
しまったな、と頭を掻いた。
これから初詣に行く予定だったのだが、相手の方がまだしばらく時間が掛かるようだった。
散歩がてら家を早めに出てきたのだがどうにも早く家を出すぎた感が強い。
どうしようか、とスマートフォンのアプリゲームを起動しようとしたところで気配を感じた。
振り返ると、背後の茂みから一匹の猫が近づいてきていた。
『やぁ、久方ぶりじゃないか。もう会えないのかと思っていたよ』
「お久しぶりです。実は進学に合わせてこの街を離れてしまいまして」
FPの波長を相手に合わせてチューニングすれば、言語が違ってもお互いの意思疎通を図ることが出来る。
いわゆるテレパシーのようなもので、それは人間以外についても可能なのだが人間以外の動物相手には難易度が上がる。
しかし、私が中学生のころから知っているこの猫は出会ったころからまるで人間のように、下手をすれば並みの人間より流暢に話す。
おそらく普通の猫ではないのだろうが、お互いにその辺りを詮索したことはなかった。
『人間は大変だな』
「大変ではありますけど、楽しいこともありますよ」
『まぁ、そんなものか』
猫がベンチの隣に飛び乗った。
『しかし、こんな静かで寒い日になんだってわざわざ公園のベンチで黄昏ていたんだ?』
「あぁ、待ち合わせですよ。まぁ、早く来すぎて時間が余ってしまったんですが」
指で猫を撫でると、猫はくすぐったそうな仕草をした。
『あぁ、例の恋人くんか。彼は元気か?』
「元気ですよ。今日は親戚の挨拶みたいで時間かかるみたいです」
『しかし、何度聞いても君にそういう相手がいるというのは不思議な気分になるな』
「そうですか? 私はあくまで普通の人間なのでそんなことないと思いますが……」
『それだけのFPを持っていてよく言う』
「普通の人間からすればこうして猫と会話している方が不思議ですよ」
猫は面を食らったような仕草をした後、『違いない』と笑った。
束の間、沈黙が訪れる。
暖かいお茶を飲み、中身のまだ残るソレをベンチに置いてやると猫は暖を取るように身を寄せた。
穏やかな時間が過ぎる。
淡い藤色の空をのんびり流れていく雲をぼんやり眺める。
『君にも会えたことだ私はそろそろ行くとしよう』
猫が体を伸ばしてベンチから飛び降りた。
「まだ4,5日はこっちにいるつもりですから、また出会えたら相手してくださいね」
『機会があれば』
猫はそれだけ告げると尻尾を振って、公園から去っていった。
また静かになる。
清景はそろそろ来るだろうか。
考えるが、スマートフォンを取り出す気にならなくてまた空を見上げた。
「平和だなぁ……」
小さな呟きは静寂の街に溶けていくようだった。
ふと、またしても気配を感じた。
今度は公園の入り口の方だった。
顔を向ける。
気配の人物と目と目があった。
待ち人ではなかったが、知っている人物だった。
今日は珍しい知り合いに会う日らしい。
向こうが嫌そうな顔をしたのが見えた。
その変わらない仕草に思わず苦笑いをしてしまった。
「やぁ、聖花ちゃん」
声を掛けると、今度は顔を逸らしてため息を吐かれた。
思わず笑ってしまった。
完
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