時に雨は降る 13

 「……ん」
 自然と開いた瞼の隙間に、滑り込むように穏やかな光が飛び込んできた。
 部屋の壁に沿うように置いてあるベッドの上で眠っていた錬樹はゆっくりと目を開け、緩慢な動作で上体を起こした。
 「ふぁ……」
 大きな欠伸を一つ。
 半ば自動的に吸い込んだ酸素は脳へと巡り、覚醒を促す。
 動き始めた意識を持って、部屋の窓の方へ目を向ける。
 カーテン越しでもわかるぐらいに外は明るい様だった。
 それを確かめるように、ベッドから立ち上がり、窓へとのそのそと歩き、カーテンを開いた。
 錬樹を迎えたのは見事な秋晴れの空だった。
 窓越しの太陽の光を浴びながら、ゆっくりと息を吐く。
 それは穏やかな休日の朝だった。

 「おはよー」
 階段を降りて、居間へと出る。
 いつもの癖で声を掛けてみるが当然ながら返答は無い。
 この自宅に今は一人なのだから当たり前だ。
 特に気に留めず、居間を通り過ぎてキッチンへ向かう。
 居間の隣にあるキッチンにはすぐに辿り着く。
 錬樹は慣れた動作で、まずはコーヒーマシンに水と粉を入れ、スイッチを押しておく。
 朝食は軽いものがいい。
 今度は戸棚に入れてある食パンの一枚を取り出してトースターの中へ。
 ダイヤルを適当に回し、それから冷蔵庫を開ける。
 バターと袋に詰められたサラダを取り出す。
 サラダは昨日買ったものだ。
 戦闘が終わった後、買い物袋の中はすっかりビチャビチャに水没していた。
 幸いだったのはそれで駄目になるようなものは買っていなかったこと。
 強いて言うならカレールゥの外箱がぐちゃぐちゃになっていたので捨てた程度だ。
 そんな昨日のことを考えながら、サラダの袋を切り、適当な皿に移す。
 面倒なのでドレッシングの類は掛けない。
 キッチンの引き出しから箸を一膳取り出すと、しばし待ちの時間になる。
 トースターもコーヒーもまだ時間が掛かる。
 「ふぁ……」
 手持ち無沙汰になれば朝の心地良い眠気が襲ってくる。
 欠伸を1つ吐いて、ポケットからスマートフォンを取り出した。
 暇つぶしにゲームでもしようかと取り出したスマートフォンだったが、丁度タイミングよく画面を光らせていた。
 着信だった。
 相手が誰なのかなど確認せずともわかる。
 逡巡することなく通話を開始させた。
 「はい、もしもし」
 『今、終わった』
 細かい用件を伝えるようなこともなく、通話越しの相手はいつもと変わらぬ不機嫌そうな声で短く報告を伝えてくれた。
 「お疲れ様です。いつもすみませんねえ、村雨センパイ」
 『……チッ』
 ねぎらいの言葉に返ってきたのは舌打ち。
 いつもと変わらぬやり取りに錬樹は笑った。
 「それで、どうです? 二人は」
 『さぁな。俺はお前に言われた通りに『業者』の連中に引き渡してきただけだ』
 「うん。そうですか」
 うんうんと一人頷く。
 要するに想定通りに滞りなく事が運んだということだろう。
 邪魔が入ればこの時間に終了の報告は来ないはずだ。
 錬樹が状況を考えている間、しばし沈黙していた村雨武が不意に口を開いた。
 『……しかし、だ。相変わらずだが、わざわざ自分の命を狙って来た連中を裏ルートを使ってまで逃がす必要なんてあったのか? しかも、『能犯』に背くようにしてまで』
 「彼女たちをそのまま引き渡して『能犯』の手柄にされたらつまんないじゃないですか」
 『……』
 「つまんない幕引きをするくらいなら、無理をしてでも自分の手駒に加えてみた方が面白いでしょう? 盤面の駒は多い方が面白いじゃないですか」
 『……足元を掬われてしまえ』
 「おや、そんな楽しげなことがあったらいいですよね」
 クククと堪える様に笑う錬樹に通話越しの村雨は呆れたようにため息を吐いた。
 「それまでは使い走り頼みますよ、村雨センパイ」
 『それまでは、な』
 「それでは」
 通話が途切れる。
 トースターを見れば丁度良く焼けている。
 コーヒーマシンは一人で飲むには充分な量のコーヒーをドリップしていた。
 焼けた食パンにバーターを載せて皿へ、コーヒーはカップへそれぞれ移し、サラダと共に居間に運ぶ。
 居間のテーブルに皿を置いて、ソファに着く。
 目の前のテレビを点けるためにリモコンを操作したところで、少し動作を止めた。
 少し考えてから、ソファから立ち上がりテレビの横まで行く。
 テレビの脇に設置してあるゲーム機を起動させ、コントローラーを手に取ってソファまで戻る。
 すぐに立ち上がった起動画面からゲームを選択した。
 ゲームの起動まで数秒間が空く。
 錬樹はその間にのんびりとコーヒーを口にして、居間の窓から空を眺めた。
 「今日は何をしようかな」
 予定の決めていない休日の始まりを楽しむように、錬樹は呟いた。


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