登場

 「……」
 「……」
 沈黙が続いていた。
 部長が何やら連絡を入れてから数分が経っていた。
 何かの連絡を入れた、ということは誰かが来るのだろう。
 問題はその誰か、というのが誰なのかということである。
 部長の方をチラリと見た。
 部長は普段と変わらず退屈そうな顔でパソコンの画面を眺めているだけで、その表情からは何も読み取れない。
 仕方なしに頭を捻ってみる。
 そもそもだ、俺は部長の交友関係を何も知らない。
 というか、部長にはまともに友達と言える人間がいるのだろうか。
 部長は散々俺のことを友達がいないだとか言ってくるのだが、正直に言うと部長に友人がいるという想像が出来ない。
 なんせ部長の隣に居る人間で想像できるのが伊吹先輩と俺ぐらいなもので、その他には想像が出来なかった。
 俺は部長が俺と伊吹先輩以外の人間と関わっているところを見たことがない。
 伊吹先輩の話を聞く限りクラスでも孤立しているらしいので、きっとクラスでもいつもと変わらないのだろう。
 部長の交友関係で言えば、同年代ということを除けばそういえば炎堂さんもいた。
 彼女と知り合ったのは部長の紹介だったので、部長と炎堂さんの間には交友があるのだろう。
 ただ、もし相手が炎堂さんであれば学校に呼び出すことは無いだろう。
 きっと校外のどこかで待ち合わせになるはずなのでこうして部室でのんびり待っているようなことにはならないはずだ。
 考えてみたが、結局何もわからなかった。
 何かが、何かの情報が引っ掛かているような気もするがそれが何なのかもわからない。
 俺は部長の交友関係に関する何かを知っていたか?
 もう一度頭を捻ってみるが何かが浮かぶはずもなかった。
 「部長」
 「あ?」
 「これから誰が来るんですーー」
 観念して部長に訊こうとした、その時だった。
 トントン、と部室の扉が叩かれた。
 来客など滅多に無い部室だ、十中八九部長の呼び出した人物が来たのだろう。
 部長の方を見た。
 部長はこちらを見て、顎を振った。
 お前が出ろ、ということだろう。
 いつものことなので、今更文句を言うことも無く席を立つ。
 部室を訪れる人物など普段伊吹先輩ぐらいのものだからなんだか緊張して来た。
 改めて考えてみれば俺は知らない人間が苦手なのだった。
 部長は一体誰を呼んだんだ?
 まさか、先程部室を離れた伊吹先輩という事は無いよな?
 いや、部長ならあり得る。
 部長ならわざわざ呼びつける。
 考えてみればそれが一番あり得る事だったじゃないか。
 ということはだ、この扉を開ければいつもと同じように優しい微笑みを浮かべている伊吹先輩が待っている訳だ。
 きっとそうだ。
 もう、そうであってくれ。
 今更、願いを込めるようにドアノブを捻った。
 扉が開かれる。

 果たして、そこに居たのは校内一の美人のスラっとした先輩ではなく、けして背の低い訳ではないはずの俺が軽く見上げるような身長とどっしりとした横幅を持った巨体の男だった。
 その男が俺と同じ制服を着ているので、かろうじて俺と同じ高校生だという事を認識出来る。
 想像のギャップのせいか、単純に人見知りのせいか俺は思わず固まったように動けなくなってしまった。
 そんな俺の様子を見て、男は掛けていた眼鏡をクイっと直して軽く笑い、大きな手を差し出して来た。
 俺は思考が回らないまま思わず差し出された手を掴んだ。
 「おお、お主が桐間氏でござるな! 噂はかねがね伺っているでござるよ!」
 手を上下に振られる。
 これでも運動方面は人並みよりは上のつもりなのだが俺は抵抗も出来ず、されるがまま、身を任せるしかなかった。
 ブンブンと手を振られる。
 その衝撃のおかげかやっと頭が回り始める。
 だ、誰だ⁉︎
 向こうは俺のことを知っているようだったが俺にとっては完全に知らない人間だった。
 助けを求めるように部長の方を振り向くと目が合った。
 意地悪そうに口角を上げられた。
 いつも通り助け舟は期待出来ないらしい。
 俺はなんとか握られた手に力を込め直し、揺さぶられる身体を抑えた。
 徐々に腕が減速していき、やがて止まる。
 「……」
 「……」
 「……あの、痛いです」
 「おお! これは申し訳ござらん」
 パッと手が離された。
 若干痛みの残る右手を振りながら改めて目の前の巨体を見た。
 俺が軽く見上げるような身長、対峙すると圧迫感を感じる横幅、細いフレームの眼鏡、特徴的な喋り方。
 随分とキャラクターの濃い男が目の前にいた。
 男はなんだか楽しそうにしている。
 いい加減説明して欲しい。
 俺は部長の方へ再び振り返った。
 「あんまりウチの後輩をいじめてやらないでくれよ白澤」
 部長は意地悪そうにひと通り笑った後、立ち上がりこちらの方へ来てくれた。
 そして、どうやら目の前の男は白澤という名字らしい。
 白澤さんは部長の言葉に頭を捻った。
 「いや、いじめてなどござらんが?」
 「オメーの膂力は過剰なんだよ」
 「なんと、それは申し訳ない。桐間氏もすまんでござる」
 白澤さんは丁寧にこちらに頭を下げた。
 「あ、いえ、大丈夫です」
 思わずこちらも頭を下げてしまう。
 「……あの」
 「?」
 「ところでどういった方なんですか?」
 「あー、こいつはなーー」
 「おっと! これは拙者とした事が失礼。自己紹介がまだでござったな!」
 言葉を遮られた部長が迷惑そうに顔を顰める。
 なんだかその光景が珍しかった。
 「拙者、名を白澤優人と申す。月瀬氏と、それから伊吹氏とは級友にござる。それと細々ながらボードゲーム部の部長の方を務めさせて貰っている者でござる。桐間氏のお話は月瀬氏伊吹氏の双方からよく聞いておりましたぞ」
 「はあ」
 白澤さんが一息のうちに言うものだから、思考が追いつかなかった。
 部長と伊吹先輩の級友ということは二年生の先輩ということだろう。
 そうは見えないけれど。
 それから、俺のことを知っていた理由は二人が俺の話をしていたかららしい。
 部長はまだしも、伊吹先輩に俺の話をされていると思うとなんだか嬉しいような恥ずかしいような。
 おっと、それは一旦置いておこう。
 一番重要な情報が出てた気がする。
 ボードゲーム部の部長。
 ボードゲーム部といえばーー
 「あっ! 部長がよく昼休みにつるんでるっていう!」
 部長がポーカーで巻き上げたとか、ブラックジャックで巻き上げたとか言ってよく変な物を貰ってくる相手がボードゲーム部。
 確かそうだったはずだ。
 「そういうわけだ。コイツが例のボードゲーム部の部長だよ」








この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?