時に雨は降る 10

 変化は目に見えて劇的だった。
 錬樹が行使した王力の奔流は瞬時に周囲の水分を巻き込み、錬樹の周囲で回転を始める。
 渦巻く水流はいとも容易くドローンによる無数の銃撃を弾き返し、錬樹を守る。
 水流に隠れていくように次第に錬樹の姿が捉えられなくなる。
 それでも、女の操るスーツに取り付けられた無数の計器類は未だその中心に時雨錬樹が居ることを示している。
 ならば、ここで怖気づく必要などない。
 女はチャージの終わりを確認し、渦巻く水流の中心に向けて躊躇なくトリガーを引いた。
 直後、光の柱が走る。
 遅れて轟音と爆風。
 それは十二分に凶悪な威力を持った攻撃だった。
 通常の能力者であれば、為す術もなく打倒されていただろう。
 女の放った砲撃はそれほどの威力があった。
 が、時雨錬樹は当然それで倒せるような相手ではない。
 閃光、轟音、爆風、それらが止んで現れたのは、依然変わらずに錬樹を守るように渦巻く水流だった。
 『っ!?』
 流石に必殺の一撃をこうもあっさりと受けられてしまえば動揺が走る。
 無意識に、女の操るスーツが後退った。
 対する錬樹は未だ水流の中心に居た。
次第に錬樹の操る水流はグルグルと渦巻く状態から、解けるようにして一筋の水流になる。
 錬樹の側に控える様に佇み、生物のように時折蠢くその水流は正しく龍。
 「君だってこれだけ色々な『お仲間』を連れて戦ってるんだ、僕が一体くらい使ったって構いやしないだろう?」
 錬樹が一歩前に出る。
 女は動けない。
 「さぁ、勝負はこれからだ。楽しませてよ」
 錬樹が口角を上げ、凶暴な笑みを浮かべた。
 王力を開放したわけでもないはずだったが、女は自身の肌が粟立つのを感じた。
 咄嗟に。
 『ッ!! 撃てッ!!』
 周囲に浮かぶドローンに攻撃命令を出した。
 無数の銃撃の隙に自身の態勢を立て直すつもりだった。
 が、錬樹に向かうはずだった無数の銃撃は訪れない。
 ポツリポツリと数発ずつ撃ち込まれただけ。
 錬樹の近くに控える龍の尾が揺らめくと、やがてその数発の銃撃も止んだ。
 『……』
 絶句。
 言葉も紡げずにいる女に錬樹は更に一歩近づく。
 「いやぁ、ごめんね。あんまりにも邪魔なもんだから防御ついでに弾き返しちゃった」
 やれやれと肩を竦める様に何気なく告げる。
 あの無数の銃撃に対して、正確に、一発ずつ綺麗に弾き返したという。
 信じられないが、実際に目の前の静寂はそれを行わなければありえない光景。
 目の前の現実を受け止められず、身体が動かない女。
 そんな女の視界の中で、中央に捉えていたはずの錬樹が龍を残してふと視界から消えた。
 右。
 それは動けずにいた女にとってはほぼ勘だった。
 反射的にスーツを動かし、機械の両腕で右方を防御。
 直後、機械越しに強烈な衝撃が加わる。
 『ッ!?』
 「お、良いね。流石はプロ」
 高速で移動した錬樹本人が跳び上がり、単純に強化した蹴りを放ったようだった。
 防御されたにも関わらず空中で呑気にそんなことを口にする。
 体勢の整えられていない錬樹に対して、この状況では当然、女が有利。
 先程まで動けなかった体を無理やりに動かす。
 『ッアアァ!!』
 声を上げ、左の拳を空中に居る錬樹に振るう。

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