『焼肉』
焼肉とは焼いた肉を食べるシンプルな料理である。
シンプルな料理ではあるが、基本的にはよほど火加減でも間違えない限り誰が作っても美味しく食べることのできる素晴らしい料理である。
かく言う僕も料理が得意ではないが、焼肉ぐらいなら美味しく出来る自信はある。
もちろん料理の得意でない僕より料理の得意な人物が作った方が、臭い消しや下味付け、タレやソースを作ったり、火加減や焼き加減の完璧な調整を持って素晴らしい料理に仕上げることが出来るわけだが。
そこまではできないにしたって、よほど粗悪な肉でもない限りは別に塩だけの味付けであっても十分な美味しさになるのだ。
焼肉とは、そういう素晴らしい料理である。
さて。
では僕の目の前にある、この紫色に見える物体は何なのだろうか。
疑問を抱かざるを得ない。
「どうした? 食べんのか?」
謎の物体を前に逡巡している僕たちに目の前の女性――レイア・ウルトゥスから声が掛かった。
「えー……っと」
必死に言い訳を探す。
自分で言う事ではないが僕は弁が立つ方だと思うが、言葉が出てこなかった。
なにか無いか、と隣を見る。
隣に座る青年――アレン・リードは俯いた顔に影を落としていた。
(……よっぽど楽しみにしてたんだろうな)
心中を察して、助けを諦めた。
視線を戻す。
紫の物体が見えた。
うっすら緑色の煙が見えた気がする。
幻覚だろう。
レイアを見る、得意顔でこちらを見ていた。
天を仰ぐ。
ため息は我慢した。
(どうしてこうなったかなぁ……)
♪ ♪ ♪
「おう、アベル」
目的もなく街をブラついて、そろそろギルドの宿舎に帰ろうかという夕方。
こちらに手を振って声を掛けてきたパーティメンバーに出会った。
「やあ、アレン」
こちらも手を振り返して、合流する。
アレンの両手は食材の詰まった袋でうまっていた。
「今日のご飯は何だっけ?」
『爆発の勇者』パーティは僕――アベルとレイア・ウルトゥス、アレン・リードの三人組である。
そんな僕のパーティの中でアレンは唯一の料理担当である。
彼自身、料理が趣味なのでそれに関しては不満も言わずに、三人で冒険者パーティを組んでかれこれ7年近く美味しいご飯を提供し続けてくれている。
そのおかげで『被害』を受けることも激減しているので本当に感謝しかない。
「お、今日か?」
アレンはよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに目を輝かせた。
相当期待できそうだ。
「実は今朝、市場で贔屓にしてる肉屋がめちゃくちゃ新鮮な竜闘牛の肉を仕入れて
来てよ」
「竜闘牛って高級食材じゃない」
「そうそう、思わず買っちまってよ。どう料理しようか悩んだんだがシンプルなステーキにしてみようかなと思ってな。あれは結構難しい食材だから俺的にもかなり挑戦なんだがな」
嬉しそうに話すアレンと共に夕日に照らされたギルドに続く坂道を登っていく。
ふと、ギルドに立つ煙突の一つから普通ではない色の煙が見えた気がした。
その時点で嫌な予感はした。
だが、変な色の煙なんて誰かが錬金術でもしていれば日常的に見るものでもあるし、それに隣で嬉しそうに料理の話をしているアレンの事もあり、その嫌な予感を思わず無視してしまった。
♪ ♪ ♪
アレンと談笑しながらギルドの扉を開けると、妙な生臭さが鼻についた。
アレンは気づいていないようで相変わらず嬉しそうに話している。
顔見知りの冒険者がこちらに近づいてきた。
彼もそれなりに名の売れた実力のある冒険者なのだが、その顔に焦りが見えた。
嫌な予感は確信に変わった。
「おい、アベル!! レイアの嬢ちゃんが料理始めやがったぞ、早く止めてきてくれ!!」
ギルドの広間に居た全員の視線が僕に向けられていた。
「あー」
出来たのは苦笑いだった。
隣を見ると先ほどまで嬉しそうにしていたアレンが項垂れていた。
受付の方を見る。
受付のベテランの女性ギルド職員がこちらに向かって腕を交差させ大きくバツ印を示していた。
こんな日に限ってギルドマスターは不在である。
そういえば七大ギルド評議会の会合でしばらく留守にしていた。
思わず舌打ちした。
「使えねぇジジィめ」
思わず口をついて出たが、否定する声は一切上がらなかった。
仕方なしに覚悟を決めて、隣の項垂れている男を引っ張りながら僕たちのパーティ共用ルームへ向かった。
部屋の扉を開ける。
嫌なにおいが一層強くなった。
「おぉ、やっと帰ってきたか」
笑顔のレイアが迎えてくれた。
エプロン姿で手には紫色に焼けた肉の乗った皿を持っていた。
「随分遅かったな。腹が減ってしまったから今日は私が作ってみたぞ。丁度よさそうな肉があったからな!!」
得意げな顔で「ほれ」と紫色の肉を見せてきた。
十中八九、アレンが朝仕入れてきた高級肉である。
「もう出来てるから早く席に着けよ」
レイアがテーブルの方へ料理を運んでいく。
逃げ場はない。
僕もアレンも無言のまま、テーブルに付くしかなかった。
♪ ♪ ♪
今日の出来事を思い出していた。
走馬灯というやつかもしれない。
視線を戻した。
レイアはニコニコしている。
早く食べて感想が欲しいのだろう。
アレンは項垂れている。
おそらく絶望しているのだろう。
状況に笑えてきた。
フォークを手に取った。
紫色の肉をフォークで刺す。
随分、薄く切られていた。
息を殺して、口に運ぶ。
咀嚼は最小限にして飲み込む。
味が、臭いが湧いてくるより前に次を口に運ぶ。
レイアが嬉しそうにしていた。
アレンがこちらを見て引いているのが見えた。
休むことなく、次々口に運ぶ。
アレンとレイアの分も全部、残すことなく最短で胃に詰め込んだ。
視界が揺れている気がした。
「あっ、アベルお前、私たちの分まで食べたのか!!」
気づいたレイアが抗議してきた。
いったいその自信は何処から来ているのだろうか。
「あー、ほんとだ。気づかなかったよ」
出た言葉は棒読みだった。
「肉はもう残ってないのかい?」
胃が妙な動きををするのを堪えながらレイアに訊ねる。
「いや、まだある。仕方ない、また私が――」
「アレン!! 今日もご飯よろしく!!」
「お、おう!! 任せとけ!!」
アレンが厨房に消えていった。
残されたレイアは不満そうな顔をこちらに向けてきた。
曖昧な顔を返すのが精いっぱいだった。
つくづく甘いな、と思った。
まぁ、このぐらいはいいだろう。
天を仰いだ。
視界はいまだ揺れていた。
完
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