『願いを叶える○○』

 特別な物には意思と特別な力が宿る。
 例えば職人やプロフェッショナルの使う道具。
 職人が道具を信頼し、職人の全ての力を道具に預ける様に、道具もまた職人を信頼し、道具の全ての力を職人に預けている。
 だからこそ、職人やプロと呼ばれる人々は偉業を成し遂げられるのだ。
 
 そう、物には意思が宿り、それらを使うべき人間がいるのだ。

 昔から僕はそういった特別な物の声を聴くことが出来た。
 意思が存在するなら、意思表示たる声も存在する。
 幸いなことにこの国では付喪神なんて概念がそれほど嫌悪されることなく広く一般に受け入れられており、この国で育った僕は物の意思や声を否定することなく成長することが出来た。
 そうして大人になった僕は世の中のおかしさに気付いた。
 意思を持つような特別な物を持つべき人間ではないがそれらを所有し、それらを持つべき人間が所有できていないというケースの多さに僕はある種の理不尽すら感じた。

 だから僕は特別な物の意思と声に耳を傾け、それらを所有するべき人物の元へと届けることにした。
 泥棒、盗賊、義賊、怪盗、運び屋、道具商。
 みんな、僕を色々な呼び名をつけて呼んでくれるが、どれも僕からすれば僕にとって必要だった一面に過ぎず、本質ではないのだ。
 
 「さて、君は何処に行くべきなんだろうね?」
 ビルの屋上の縁に立ち、独り言のように呟き、指先で掴んだ『特別な物』を夜空に透かすように掲げた。
 指先あるのは、何の変哲もない小さな一発の弾丸。
 願いを叶える弾丸、そう呼ばれている代物である。
 名前の通り、この弾丸を撃ち出したものの願いを叶えるといわれている。
 この弾丸が何故、どのようにして願いを叶えるようになったのか、叶える願いの範疇はあるのか、弾丸を撃ち出した後は何かに当たらなければいけないのか、それらに関する情報は無く、ただ願いを叶えるという能力だけが一人歩きしているような状態であった。
 しかし、手に入れてみればソレは確かに意思を持った特別な物であることがわかる。
 経緯は流石にわからないが、能力の強さや使用方法に関しては『誰が扱うか』の一点が重要になるだろう。
 前述したとおり、特別な物にはそれを持つべき者が存在するのだ。
 そして、この弾丸の能力を最大限に引き出せるものに届けるのが僕の仕事なのだ。

 掲げた弾丸は沈黙を貫いたままだった。
 僕の呼びかけに応えないとは、ずいぶん寡黙な弾丸である。

 遠くからサイレンの音が響き始める。
 「……おっと、早いなぁ。もう来たのか」
 掲げていた弾丸をポケットにしまい、街を見下ろす。
 弾丸を入手する過程で、少々荒事になってしまったのだ。
 遠くの方に複数のパトカーが見えた。
 まだ、僕を見つけたわけではないだろう。
 ビルのすぐ近くに黒塗りの高級車と黒服の男たちが目に入る。
 おそらく、大まかな僕の居場所を把握しているのだろう。
 「やれやれ、敵は多いなぁ」
 ぼやきながら、脇に置いた古めかしいトランクケースを片手に持ち上げ、空いたもう片方の手で黒いハットを目深に被りなおす。
 「……果たして、最後に弾丸を撃ち出すのは誰だろうか? 物語は始まったばかりだ、ゆっくり楽しむといい」

 ビルの屋上に立った男が独り。
 ニヤリと笑うと、男の体が夜闇に溶け出す様に消えていく。
 数秒もせず、そこには男の姿が無くなり、何事もなかったかのように風だけが吹いていた。

                                 完

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