砂上の楼閣 9

 地面を蹴る。
 FPにより強化された脚力は、一般の人間ではありえない推進力を生む。
 足が地面を離れる直前にFP能力を操作し、強力な推進力を得た身体を前に跳ばす。
 一瞬のうちに数メートルの距離が吹き飛ぶ。
 着地。
 また地面を蹴り上げた。

 地下鉄の線路上を、普通の人間ではあり得るはずもない、それこそ線路の上を本来走るはずであった地下鉄と同程度の速度でトゥーリアが駆ける。
 スピードを緩める事は無い。
 足が地面から離れ、身体が宙に浮く一瞬の隙間でちらと後方を確認する。
 いまだ怪物が大きな音を立てながら十メートルほど後方をピタリと付いて来ていた。
 予想していたとはいえ、振り切るまでには至らなかったことに小さく舌打ちをした。
 着地、また地面を蹴り上げる。

 地上であればもう少しスピードを上げられるのだが、破棄された街の地下を通る線路上に明かりがあるはずもなく、トゥーリアの目の前には深い暗闇が広がっているだけで視界の確保が出来ず、結果これ以上は流石に速度を上げられない。
 現状、唯一の光源は背後の怪物の胸の中央で輝いている『オーブ』の妖しい光程度で、それでも暗闇の中でこれだけのスピードを保てているのはFPによる走査を絶えず行っていることと記憶の中の地図で大まかな進行方向を予想しているからだ。
 相応の集中力を必要とするが、それでもトゥーリアは足を緩めない。

 暗闇の追いかけっこは既に数分に及んでいる。
 時折、隙を見てトゥーリアは足元の石の破片や破棄された工事資材やらを怪物に向け『射出』してみるが、走りながらでは狙いを定めることも容易ではなく威力も乏しくなる。
 その程度の攻撃は怪物に容易に払われ、距離を取ることにさえつながらなかった。
 攻撃が不発に終わるたびにトゥーリアは小さく舌打ちをした。

 このまま走り続ければ倒れるのはどちらが先だろうか。
 トゥーリアが頭の片隅で思考する。
 『オーブ』によってその力が無理矢理に引き出されている怪物がそこまで長時間活動を続けられるのだろうか。
 ちらと後ろを確認してみるが、未だ怪物に疲労の様子は見えない。
 こちらもまだ余裕自体はあるが、様子を窺うにこのまま持久戦でどうにかなる、というのはなかなか予想が難しかった。
 そもそも、この地下施設が何処まで開発がされていて、何処で止まっているのかを把握していないので、道が先になくなるかもしれない。
 追いかけっこを長引かせれば『オーブ』の加勢が来るかもしれない。(おそらく怪物にはもう敵味方の判断は出来ないだろうが)
 やはりどこかで現状を脱する必要がある。
 予想が正しければもうすぐ……。

 淡い光が見えた。
 破棄された地下にあるはずの無い淡い光。
 視界の先に見えるその光が次第に明確になっていく。
 トゥーリアは予想していた。
 この地下鉄の行き着く先、街の中心部にある大きな駅。
 そこに『オーブ』の施設があることを。


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