『身代わり』
ダンジョンがひしめき、魔物が跋扈する世界。
人々は剣と魔法を引っ提げて、世界の開拓を目指している。
「えっ……と、『身代わりの護符』ですか?」
「はい、『身代わりの護符』です。置いていませんか?」
目の前の綺麗な女性はにこやかにそう告げた。
ギルドに併設してある道具屋。
そのカウンターで対応したのは最近この道具屋でアルバイトを始めたばかりの新人の少女であった。
少女は「お待ちください」と女性に告げ、店舗の奥の倉庫で注文された『身代わりの護符』を探し始めた。
すぐに『身代わりの護符』の棚を見つけたが、棚は空、つまり在庫は品切れしていた。
新人の少女は女性の告げたアイテムを思い浮かべる。
『身代わりの護符』とは、その名の通り死亡するような大ダメージを受けた時に身代わりとなり、護符が弾け飛ぶことで死亡を一度回避できるアイテムである。
便利なアイテムではあるが、ダンジョン内に持ち込めるアイテムの総数が最大でも42個と決まっているこの世界では、この便利な『身代わりの護符』を求めるのは中級の冒険者がほとんどになる。
下級の冒険者では手が出せないような価格の商品であるし、上級の冒険者のほとんどは自前でそう言った類のスキルを持っているか、装備品に同様のスキルを付けているので道具袋の肥やしになって邪魔なだけなので買い求めない。
最近、このギルドに数組の中級冒険者が来ていた。
少女が道具屋に立っている間にも彼らは何度か道具屋を利用していたのを思い出す。
彼らが少女から『身代わりの護符』を買っていった覚えはなかったが、少女が道具屋に立っていない間にでも買っていってしまったのだろう。
少女は諦めて、すごすごと倉庫を後にし、道具屋のカウンターに申し訳なさそうに戻った。
「申し訳ございません!! ただいま品切れみたいで……」
「むむっ……。そうですか、困りましたね……」
女性は気を荒げるでもなく、思案するように顎に手を当てた。
少女は今度、目の前の女性について思い浮かべた。
目の前の美しい黒髪の女性はこのギルドで、いや冒険者やこの都市や地方全体で名を知られているほど有名な人物である。
腰に挿した独特な形の『刀』と呼ばれる剣と背負っている弓を自在に操り、数多のダンジョンの踏破や危険なクエストのクリアをこなしてきた本物の猛者である。
『大剣豪』。
彼女はそう呼ばれている。
その強さは正しく折り紙付きで、真偽不明の噂が後を絶たない程である。
曰く、この街の神父が「彼女が死に戻りしてきたのを見たことがない」という事を言っていただとか、ダンジョン踏破直後に立ち寄った村が20体近い成体のドラゴンに襲われた際には単独でたったの半日でドラゴンの群れを壊滅させただとか、実は魔王種を倒したことがあるだとか。
その真偽が全て事実だとは思えないが、実力者を含めた多くの者が「彼女ならあり得る」と考えるほどに、彼女の名前と実力は広く知れ渡っている。
新人の少女も当然、このアルバイトを始める前から彼女の事を知っていたし、少女にとって憧れの冒険者であった。
まだ本当にアルバイトを始めて2、3日のうちに少女はその憧れの冒険者と出会った。
彼女は緊張しながら自己紹介をして、握手を頼むと女性はにこやかに受け入れてくれた。
その際、『大剣豪』と呼ばれた彼女は悪戯っぽく笑って、唇に人差し指を立てて、
「『大剣豪』なんて呼ばれているけれど、本当は弓の方が得意なんですよ」
と言った。
彼女はあまりに美しかった。
その時の女性の表情や雰囲気を少女は生涯忘れないと決めている。
閑話休題。
少女は目の前の女性に視線を戻した。
女性は困った表情で考え込んだままだった。
しかし、少女は疑問に思う。
彼女ほどの実力者、最上位冒険者が何故いまさら『身代わりの護符』など求めるのだろうか?
ふと、少女と女性の視線が交わった。
女性はふっとにこやかな表情を浮かべた。
「なんで私が今更『身代わりの護符』なんかひつようなのかー?って不思議ですか?」
「あっ……!! いえ、そんな訳では……!!」
どうやら少女の疑問は筒抜けだったようで、突然見抜かれたことに驚いて思わず否定してしまった。
アワアワと慌てる少女に女性はクスリ、と笑った。
「……あれはまだ、私が駆け出しの下級冒険者だったころです」
少女の疑問に女性が答え始めた。
「潜った下級ダンジョンの中でたまたま運良く宝箱を見つけたんです」
女性は懐かしむように宙を見つめている。
「特に罠もかかっていなかったその宝箱から出てきたのが『身代わりの護符』でした。駆け出しの下級冒険者だった私にとっては今まで見た事もないようなレアアイテムで、その上非常に優れた効果を持つアイテムで、そして私にとって初めての成果でした」
嬉しかったなぁ、と小さく呟いた。
「嬉しくて、その『身代わりの護符』は売らずに私の持ち物としてダンジョンに挑むようになりました。まぁ、そのあと何度目かのダンジョンアタックの際に使ってしまったんですが」
まだ駆け出しでしたから、と未熟だった自分に苦笑しながら彼女は少女の方に視線を戻した。
「私にとって『身代わりの護符』というアイテムは効果以上に意味のある、御守りのような物なんです。だから今でもアイテムとして持ち歩くんです」
冒険者とは危険な職業だ。
死んだとしても教会に死に戻りするとはいえ、危険な事には変わりがない。
だからこそ、冒険者はよく験を担ぐ。
そこに根拠はなく、個人的な思いれによるものだとしても構わないのだろう。
危険と隣り合わせのダンジョンやクエストをこなす上で、精神を落ち着かせるという事は重要な事なのである。
『大剣豪』という名を持つ彼女にとってそれは『身代わりの護符』であった。
だから彼女は『身代わりの護符』という、なんてことのないアイテムを求めている。
「うーん、でも無いとなるとしょうがないですね」
困ったような表情で笑って、女性は道具屋を後にしようとした。
「あ、あのっ……!!」
その背中に少女は声を掛けた。
「わ、私、店長と……それからギルドの方にも確認してみます!! だから、え……っと、待っててください!!」
それだけ告げると少女は道具屋のカウンターを飛び越えるような勢いで出ていった。
尊敬する憧れの女性のため、少女は走り出した。
その背中を見送った『大剣豪』は懐かしむような笑顔を浮かべた。
完
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