たこ焼き

 「うーん……」
 放課後の部室で、俺と部長は2人して頭を捻っていた。
 考えているのはもうすぐ始まる文化祭の出店に関してだ。
 一応、部活動という名目でこの部室を使用している俺たちも何かしらやらなければいけないことになってしまった。
 先程までいた伊吹先輩は生徒会長の仕事の途中らしく部室を後にした。
 カチカチと部室に掛けられた時計が時間の経過を告げている。
 案というようなものは何も出てこない。
 「……周」
 「はいっ!」
 ギシリと部長の座る椅子が音を立て、部長に名前を呼ばれた。
 思わず大きな声で返事をしてしまったのは、この状況に負い目があるから。
 部長が怪訝な顔をした。
 「あ? どうした?」
 「いや……なんでも……」
 「なんもねえ訳ねぇだろ」
 誤魔化そうとしたがそう簡単に誤魔化せる相手ではなく、無言の圧力を掛けられる。
 「……」
 数秒は目を伏せて無言を貫いてみるが、やはり耐え切れなくて口を開いてしまう。
 「あのー、さっきの話なんですが……」
 「さっきのって、お前がとんでもなく可哀想な奴だって話か?」
 「いや、あの……。その話です……」
 認めたくなくとも認めるしかないようだった。
 「あの話、別に俺自身は特にそれ程深く傷ついたって訳じゃないんですよ」
 あれが自分にとっての普通だったので、そんなに同情される程のことではないのだ。
 別に当日休むという手段だってあった訳だが、その上で登校した訳だし。
 もし、部長が俺に同情してやりたくない文化祭の事を考えているのならそっちの方が申し訳ない。
 すぐにそう言わなかったので、怒られるかもしれないという覚悟で白状したのだが、返ってきたのは呆れたため息だった。
 「あのなぁ、周」
 「はい」
 「私がお前に対する同情だけでこんな事受け入れると思うか?」
 部長の問い。
 答えを考える必要もなかった。
 「いや、思わないです」
 「だろうが」
 部長はまたギシリと椅子を鳴らして背もたれにもたれた。
 「どっちにしろ今年の出店に関しては湊も引き下がんなかったんだよ」
 「?」
 「去年は私しか居ねえからって断ったんだが、今年はお前もいるし、ニ年連続でサボろうとするとまぁうるさいからな」
 部長は面倒くさそうに溜め息を吐いた。
 なんとも部長らしい理由だった。
 部長の為を思って行動しているであろう伊吹先輩の事を考えると居た堪れない。
 「ちなみにお前が可哀想だってのはそれとは関係無く事実だからな」
 「えっ……⁉」
 「同情するかは別だが」
 「えっ……⁉」
 クククっといかにも意地悪に部長が笑う。
 俺が可哀想なのが面白いのだろう。
 この人はそういう人だ。
 それでも、俺にとっては大事な繋がりのある人だ。
 ひと通り、俺の反応を楽しんでから部長は話題を変えるようにまた口を開いた。
 「それで、何やるか考えたか?」
 「……なんにも」
 「使えねえ奴だなあ」
 わざとらしい物言いに反論をしたくなるが、反論要素が何処にも無い。
 「……部長はなんかないんですか?」
 「あー……」
 部長は息を吐くように声を出しながら上を向いた。
 おそらく部長も何も思い付いていないのだろう。
 なにせそもそも当日サボろうとしていたような人だ、思い付いているわけがない。
 結局、問題は何も前に進んでいなかった。
 でも、ダラダラと悩んでいる時間は無い。
 何故なら『明日までは待てるけれど、それ以上は難しい』と伊吹先輩が去り際に言っていたからだ。
 なので、なんとか今日中に内容を決めたい。
 「ちなみに展示とかってのは無い感じなんですか?」
 出店は道具や材料やらを揃えなければならないが、展示はその辺が幾分か緩和される。
 もちろん本気でやろうとすれば出店以上に大変だろうけれど部長なら何かしら適当にでっち上げるのも簡単だろう。
 「……無くは無いが」
 「あ、じゃあそれで――」
 「私の書く内容は『裏』の連中が嫌がる事ばっかりになるから、各方面に喧嘩を売ることになるぞ? 私はそれでもいいが、周は命を狙われるんじゃないか?」
 冗談にもならないことを部長は何でもないように言った。
 なんでそんな危険なものをわざわざ書くんだ、と思うがこの部長はそういうことをやる。
 やりかねない。
 「展示はやめましょう。やっぱ出店にしましょう」
 「めんどくせぇなぁ」
 急いで否定した。
 部長は心底めんどくさそうに息を吐いた。
 話し合いはまたまた元に戻る。
 「で、いい加減なんか思い付いたか?」
 「……」
 部長も特に期待していなかったのか何も言われなかった。
 でも、そろそろ決めなければ先程の超危険な展示をされるかもしれない。
 何か、何か案は無いのか。
 必死に考えてみるが、当然のように何も浮かばない。
 何か気分転換でもした方がいいかもしれない。
 そう思ってポケットの中のスマートフォンに手を伸ばした時だった。
 「しょうがねぇな、たこ焼きでもやるか」
 「え」
 部長はさらりと意見を上げた。
 その内容があまりにも部長のイメージとかけ離れていたものだから、俺は一瞬耳を疑ったが確かに部長は言っていた。
 「……なんでたこ焼きなんすか?」
 色々と疑問があったが口を突いて出たのはそれだった。
 「アテがあんだよ。たこ焼きならな」
 ちょっと待っとけ、部長はそう言うと何やら自前のスマートフォンを操作した。

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