ライフインホワイト 7

 自宅のアパートに戻ってきた。
 ポケットから鍵を取り出して、差し込む。
 それを回す直前に、そういえば晩御飯が何もなかったということを思い出した。
 冷蔵庫がからっぽで、買いだめしていたインスタント食品や冷凍食品を食べ尽くしてしまった。
 帰りにスーパーかコンビニにでも寄ってくるべきだった。
 面倒だが今から改めて行くしかない。
 なんとかならないだろうかと隣の部屋を見てみた。
 明かりがついている。
 助かった。
 鍵を引き抜き、ポケットに戻した。
 俺はそのまま隣の部屋のインターフォンを鳴らした。
 軽快な音が響く。
 数秒して部屋の中で人が動く気配があり、すぐに扉が開かれた。
 「どうした耕輔」
 出てきたのは風島清景。
 俺の隣の部屋の住人である。
 そして幼馴染のコイツは俺達三人の中で一番料理が出来る。
 不思議そうに顔を傾げる清景に俺は単刀直入に言葉を告げた。
 「キヨ、晩飯食わせてくれ」


 「ウチもそんなに食材無いからただのチャーハンだけどそれでいいか?」
 台所に立つ清景から声が掛かった。
 「ご飯が食えればなんでもいい」
 俺は決して広いとは言えない部屋の中央に置かれたこたつに入りながら答えた。
 清景は「あいよ」と短く言うと準備を始めた。
 俺はこたつで温まりながら周囲を見渡した。
 考えてみれば一ヵ月ぶりに清景の部屋に来た。
 部屋が隣同士なので頻繁に行き来することもあれば、お互い予定が合わずにしばらく間が開くこともあったが一ヵ月はそれなりに長い方だ。
 とはいえ、一か月程度でそうそう部屋の中が変わるということは無く、丁寧に整頓されたいつも通りの室内を見渡すのに多くの時間はいらなかった。
 清景の方を見る。
 清景は冷蔵庫のから豚肉、長ネギそして卵を取り出していた。
 順調にテキパキと準備を進めているようだ。
 ひと月に一回程度の頻度で、このように晩御飯のお世話になっているのだが相変わらず手際がいい。
 なんなら見るたびに良くなっていっているような気もしてくる。
 サッと具材の下処理を終えると、流石に中華鍋は持っていないようでコンロの下からフライパンを取り出し、油を敷く。
 コンロに火をつける前に炊飯器に残ったままだった冷えたご飯を取り出し、電子レンジで温める。
 それからコンロに火を点けて油を温めだした。
 ここまでの作業に無駄な流れは見られなかった。
 同じように一人暮らしだが普段料理をしない俺ではああはいかないだろう。
 邪魔しても悪い。
 料理を完全に清景に任せ、俺はこたつの上に置かれたリモコンを手に取りテレビを点けた。
 瞬時にテレビ画面が点灯して、夕方のニュースを滑らかに映し出した。
 天気予報から始まり、最近ずっと話題になっている政治家の汚職がどうだとか、動物園の冬支度の模様だとか、ニュースは次々と伝えていた。
 どれにしても特に興味のあるものではないので特に意識せずに画面を見ていた。
 ニュースの音声と清景の料理する子気味良い音が広くない室内を満たしていた。
 不意に画面は交通事故のニュースを映し出した。
 「……ん?」
 ここから比較的離れた地域の事故だった。
 幸いにして死傷者は出ていないような、言ってしまえば些細な事故で普段ならば気にも留めない事故なのだが、何故か妙に気になった。
 しかし画面はすぐに切り替わる。
 先程まで映していた事故現場とは打って変わり、画面には可愛らしい「おススメのクリスマスプレゼント」というポップな文字が映し出されていた。
 時期に合わせた楽し気な販促コーナーが始まるが、俺の頭にテレビの内容は入ってこなかった。
 先程の事故現場を映し出していた映像を反芻していた。
 何が引っかかったのか、それが知りたかった。
 「うーん……」
 「おい、唸ってるのは構わんがチャーハン出来たから運んでくれ」
 数秒、頭を悩ましていたが台所の清景から声が掛かり思考が中断した。
 気が付けばいい香りがしている。
 立ち上がり台所に向かう。
 「お、旨そう。というか早いな出来るの」
 チャーハンが綺麗に盛り付けられた平皿が二つ並んでいる。
 この短時間できっちり作るのだから相変わらず凄い。
 「チャーハンなんて時間かけて作る料理じゃないだろ」
 清景は気にした風もなくそう言って、まだ何やら作業を続けているようだった。
 覗き見るとフライパンにお湯を沸かしていた。
 どうやらスープも付くようだ。
 手際がいい。
 俺は平皿二枚をこたつに運んだ。
 運んでから台所の方を見るが、これ以上手伝いは必要なさそうだった。
 清景も何も言わないので大人しくこたつに入りなおす。
 腰を落ち着けて、再び思考を回す間もなく清景がスープを運んできた。
 チャーハンとスープ。
 充分な食卓だった。
 並べ終えると清景もこたつに入った。
 「早めに来ること言っといてくれたらもうちょっとちゃんとしたもの作ったんだが」
 「わりぃわりぃ、俺もちょっと色々あって頭が回らなかったんだよ」
 「……ふーん、忙しかったのか?」
 「……まぁ、そんな感じ。それにチャーハン好きだし」
 話題を逸らすようにそう言って手を合わせた。
 話題を逸らしたことに清景も気付いたであろうが、それ以上の追及はせず俺に追随するように手を合わせた。
 いただきます、と口に出してレンゲを手に取りチャーハンを口に運んだ。
 しばらく無言のまま食事が進んだ。
 付き合いの長い男二人なのだから別段無理に会話を続ける必要はない。
 点けたままのテレビを見ながらチャーハンとスープを交互に食べ進める。
 「で? 忙しかったのはなんかの悩み事なのか?」
 沈黙を破ったのは清景だった。
 どうやら先ほどの話題の追及を完全に辞めたわけではなかったらしい。
 「あー……なんで?」
 とりあえずはとぼけてみた。
 付き合いの長い清景に対してこれで乗り切れるとは思っているわけではないが、できれば追及されたくないのも確かだ。
 「先週ぐらいから、構内でたまたま見ても深刻そうな顔してたしな」
 バス停で出会った彼にさえ見抜かれるのだから清景が気付かないわけがなかった。
 そもそも清景に目撃されていることにも気づかなかった。
 「……よく見てんな」
 「そりゃ歩いてて幼馴染見つけたら様子ぐらい確認するだろう」
 清景はそう言ってチャーハンを口に運んだ。
 じっとこちらの返答を待つことなく食事を続けたのは、俺が話す気がなければ話さなくてもいいという意思表示なのだろう。
 いや、もしかしたら生来のマイペースさによるものなのかもしれないが。
 清景を見る。
 清景はこちらに目をくれることはなくテレビを見ながら食事を続けている。
 俺の話題に興味があるのかないのか、いつものことだが表情や態度からうまく読み取れなかった。
 そもそもこの話題は清景に相談してもどうしようもない話題だ。
 綾瀬さんが失踪している、ということ自体俺の勝手な憶測だし思い違いの可能性は大いにある。
 その上で、仮に本当に失踪していたとしても清景に話したところで解決には何も繋がらないだろう。
 清景は『普通』の人間だ。
 あちら側じゃない。
 俺の直感が示すような万が一があるならば巻き込むべきではない人間だ。
 「まぁ、ちょっと気になることがあってな」
 悩んだが話は濁しておくことにした。
 俺が話すと清景がこちらを向いた。
 「サークルの女の子がしばらく来なくてどうしてるかなと思ってたんだ」
 「……なるほど」
 納得したのか、それとも言葉の裏を読み取ったのか清景はそれ以上何も言わなかった。
 言葉の裏を読み取られたところで風島清景は無理に首を突っ込んでくるタイプでもないので問題ないだろう。
 「……そういえば、お前クリスマスどうすんだよ」
 「うん?」
 なんとなく沈黙になるのが気まずくてすぐに話題を替えた。
 テレビの中で丁度話題に上がっていたクリスマスの話だ。
 清景には彼女がいるのだから当然彼女の過ごすのだろうが、話題として丁度良いだろう。
 しかし清景の返答は少しだけ違った。
 「少なくとも耕輔が思ってるような過ごし方にはならんだろうな」
 「は?」
 「クリスマスもライブだよ」
 清景は顎で部屋の端に置かれたギターの方を差した。
 「年末はライブが多くて、楽しいんだよな」
 なんとも楽しそうにそう言う清景を見て、俺は思わずため息を漏らした。
 「お前さぁ。せっかくの貴重な大学生のクリスマスをなんだと思ってるんだ」
 「貴重な、とは言われても俺らの場合はクリスマスを一緒に過ごさなかった回数数えた方が早いぐらいだしなぁ。それで言うならライブに出る方が貴重だろ」
 俺が言ったところで気にするわけもなく、清景は当然のようにそう言うだけだった。
 きっと彼女の方に言っても同じような答えが返ってくるだろうということも容易に想像できる。
 これ以上何を言っても仕方がない事が重々に理解できてしまい、もう一度大きくため息を吐いた。

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