そういえば誕生日だったから、という安易な理由で取り沙汰される男の夕食

1/
 「た、助けてくれー……!!」
 日が傾いた、ジメジメとした路地裏
 目の前の男が地面に倒れながら、情けない声を上げた。
 「い、依頼されただけだったんだ! あんたに楯突くつもりなんかなかったんだ! 騙された! 俺も騙されたんだよ!」
 こちらは別にまだ何も言っていないのにペラペラとよく喋る。
 出会い頭に向こうから襲って来たのでちょーっとだけ迎撃したとはいえ、だ。
 こんなのに依頼した方も依頼したほうだなぁ、と思いながらとりあえず無言のまま男を見下ろしてみる。
 「ひぃッ……!!」
 情けない悲鳴が上がった。
 「命は……!! 命は助けてくれ……!! 金ならあるだけ渡す!! だから……!!」
 遂には涙を浮かべ始めた。
 とりあえず、言うべきことからいうことにしよう。
 男の前でしゃがみ、視線を合わせる。
 「あの」
 「ひいぃぃ……!!」
 「僕まだ何も言ってないけど?」
 「あ……! あぁ、あぁ、そ、そうでしたか……?」
 「そうだよ。突然、襲われたからびっくりしちゃったよー」
 僕が笑って見せると男も引き攣った顔を見せた。
 「で、誰に依頼されたの?」
 「いや、その……あはは」
 「いや、今更無理でしょ。おじさんが自分で言ったんじゃない」
 「うッ……」
 「迂闊だねぇ」
 僕が一言喋り掛けるたびにビクリと身体を跳ねさせるのは、それはそれで失礼なのでは、と思うがよくされる反応なので今更何も言うまい。
 「で、誰?」
 「あ、あぁ……」
 「言った方がおじさんの身の為だと思うよ、僕はね」
 「……」
 こんな輩に依頼する連中なんてたかが知れている。
 そんな奴らが裏切り者をどう処理するか、といえば大体想像が付く。
 「僕は、ほら、一応はおじさんの身の安全ぐらいは保証はするつもりだよ」
 「ほ、本当か……!?」
 「こんな面白くもない嘘つかないよ」
 一人の身の安全を保証するぐらい、大した労力も出費もないのだからそんな嘘付かない。
 それに傍目にこんな末端をあっさり処理するような奴だと思われては困るのだ。
 いや、まぁ、世間一般にそういう奴だと思われているのは重々承知しているけれども。
 「で、喋る? 喋らない? 僕も案外最近は暇ではないから」
 「しゃ、喋る……!! た、助けてくれ! お願いだ!」
 「あー、はいはい。で、誰?」
 「俺が情報漏らしたなんて絶対に言うなよ!?」
 「言わない言わない、で、誰?」
 「い、いいか? 言うぞ!」
 「早くしてー」
 おじさんが僕の方へ顔を近づけてくる。
 耳打ちしたいらしい。
 面倒臭いなぁ、と思いながら黙って耳を向けた、その時だった。
 パァン、と破裂音が響いた。
 遅れて、目の前で血飛沫が舞う。
 男の頭部はぐちゃぐちゃに砕け散っていた。
 飛び散る男の血が僕の顔と服を赤く染めた。
 狙撃。
 だから、早く言えって言ったのに。
 残った男の身体がだらりと地面に伏した。
 「はぁ……」
 ため息を吐いた。
 面倒事が増えた。
 身体と服を洗いたい。
 それから、こんなことを目の前でされて黙っている訳にもいかない。
 スッと立ち上がった。
 立ち上がったところで、頭部に衝撃。
 遅れて、今度は発砲音を聞いた。
 「……痛ーい」
 大して痛くは無いのだが、つい反射的に言ってしまう。
 「……宣戦布告かな? 宣戦布告だね? そうなると黙っている訳にはいかないや」
 疲れるので、二時間以内で終わらせたい。


2/
 「お願いしまーす」
 「あいよー! 空いてる席座って下さい!」
 背後の食券機で買ったばかりの食券を店員に渡すと軽快な言葉が返ってきた。
 ほどほどの人気のラーメン屋だが、昼食には遅く夕食には少し早いこの時間、店内は空いていた。
 僕は案内に従い空いているカウンター席に腰掛けた。
 一仕事終えた後なのでお腹が減った。
 もう少し問題の根は深そうであったが、とりあえず狙撃してきた奴らは『処理』し終えたので、今日は良しとしよう。
 ラーメンが提供されるまでの空き時間、ポケットから取り出したスマホを触っていると、店の扉が開いた。
 なんとなく振り向いてみると新しく来た客と目が合った。
 「あ! 錬樹さん! お疲れ様です!」
 「やぁ、雷斗くん。こんなとこで会うなんて奇遇だねぇ」
 同級生の雷斗くんこと紫電 雷斗は仰々しくこちらに頭を下げたあと、手早く注文を済ませ、僕の隣に座った。
 「錬樹さんは、オヤツですか?」
 「あー、いや、一仕事終えた後の早めの夕食?」
 「仕事? もしかして、なんかありました?」
 「いや、もうほとんど終わったよ。さっき情報送っておいたから、あとよろしくー」
 雷斗くんがスマホを取り出し、僕が送りつけた情報に目を通し始めた。
 「あいよ、お待たせ!」
 「わあ、ありがとうございます」
 その間に僕のラーメンが届いた。
 割り箸を手に取り、両手を合わせる。
 伸びるので、遠慮無く先に食べさせて貰う。
 「いただきまーす!」

 一仕事終えた後のご飯は美味しい。

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