時に雨は降る 6

 「……相変わらず雨かぁ」
 買い物を終えてスーパーの外に出ても相変わらず雨は降り続いていた。
 桜とは既に別れていた。
 なんだかんだ言いつつも足早に帰って行った桜は、やはり世話焼きなんだろう。
 その背中を見送りながら錬樹は苦労してるんだろうなぁとぼんやりと思った。
 
 空を分厚い雲が覆っているせいか、いつにも増して周囲は暗かった。
 スマートフォンの時計を見てみても、今はまだもう少し明るくてもいいはずなのだが。
 数瞬、そうして空を眺めた後、スマートフォンを仕舞い、腕に掛けていた傘を開いてスーパーの軒先から出た。
 すぐに雨粒が傘を叩く音が響いた。
 雨は嫌いではないが、この時期の寒さを伴う雨は嫌だし、家まで帰る道のりのことを考えると流石に億劫ではある。
 とはいえ、帰るしかないわけで。
 ここに来て遠いスーパーに来たことを後悔したが、錬樹は小さくため息を吐きながら歩を進める。
 帰ったら何をしようか、そんな事を考えていた。
 なにせ家には誰もいないので何をしてもかまわないわけだ。(普段からそうではあるのだが)
 明日も休日なので時間もたっぷりとある。
 片付けておきたい仕事は無いわけではないが、多少遅れたところで問題は無いものばかり。
そもそも今更『時雨錬樹』に文句を言ってくるような者などいない。
 それがいるとするなら――

 這い寄る足音にはとっくに気付いていた。
 おそらく雨の音に紛れて、というつもりだったのだろうが予測していれば大した奇襲になどならない。
 だから、問答無用で迎え撃つ。
 角を曲がった瞬間、錬樹は傘を捨て、振り返り、拳を振るった。
 刹那の攻防。
 錬樹の拳を相手は予測していなかっただろうが、それでも反射的にバックステップで躱した。
 空振った拳をそのままに、錬樹は相手の反応の良さに思わず口角を上げた。
 昨日の雑魚とは違う。
 「おや? ちょっと本気だったんだけどなぁ」
 「……」
 対峙した敵はレインコートを目深に被り、正体を隠していた。
 見た目からわかるのは体のラインから考えて女性だということぐらいだろう。
 「誰か、は訊かないよ。答えないだろうし、まぁ予想は出来てるしね」
 足音には気付いたが、気配に気付くのには時間が掛かった。
 それだけの実力者。
 それでも錬樹は口角を上げ、右腕に下げた買い物袋は手放さなかった。
 手離す必要など無いからだ。
 「ここ最近はすっかりデスクワークと雑魚の処理ぐらいしかしてなかったから、いい運動になったらいいな」
 「……っ!!」
 威嚇混じりに増大した錬樹の王力に、相対した女は思わず唾を呑んだ。
 その隙を、錬樹は逃さない。
 展開した王力は瞬時に肉体の強化に変換。
 彼我の間合いを瞬時に詰め寄り、再び拳を握る。
 女も、やはりプロ。
 常人では反応不可能な状況、距離であっても体が動く。
 錬樹の二撃目も先程と同様、バックステップで躱す。
 躱し、瞬時に女が構える。
 充分に強化した肉体から放たれたのは蹴り。
 風を切る脅威が、再び拳を空振った錬樹を容赦なく襲う。
 が、錬樹がひるむことなど無く、崩れた体勢のまま最小限の動きで体を動かし、避ける。
 狙いの外れた女が瞬時に体勢を立て直す。
 錬樹よりも素早く動き出した女が選んだのは、追撃ではなく逃走だった。
錬樹を無視するように強化した身体能力で跳び上がり、駆け出す。
 遅れて体勢を立て直した錬樹はその背中を目で追う。
 「なるほど。悪くない手だ」
 小さく呟いて、錬樹は後を追った。

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