カフェの店員 1
重い荷物を背負いながらカフェの扉を開けて入店した。
扉の開閉音に気付いた女性がカウンターの中からこちらを見た。
「いらっしゃいませー。何名様ですか?」
「2名です」
さらりと伝え、奥の座席に案内される。
スーツ姿のビジネスマンや俺とそう変わらない年齢であろう女性客が疎に座る店内を進んだ。
途中、背中の荷物がテーブルの端や壁にぶつからないように注意した。
席にたどり着き、背中の荷物をゆっくりと下ろして、それから座った。
俺の後ろを歩いていた手ぶらの友人は既に席に着いてメニューを眺めていた。
俺はチラリとカウンターの方を見た。
出来るだけ気付かれないように横目でみて、それから視線を目の前に戻す。
目の前の友人と目が合った。
友人がニヤリと笑った。
「今日、あの子居ないみたいだな」
「は? 何の話だ? は? 別に知らんが?」
必死に否定してみせるが友人はさらに笑みを濃くした。
「コーヒーの味なんて分からない馬鹿舌のりっ君がそれ目的以外でカフェなんて来ないでしょ?」
「うるせえ」
馬鹿にするな、と言いたい所だがコーヒーの味がわからないのは事実なのでそれ以上は何も言えなかった。
代わりに目の前の友人を軽く睨んでみたが友人はいつものようにヘラヘラと笑っていた。
俺と友人がそんなやりとりをしていると店員さんが近付いて来た。
それに気付き、こっそり姿勢を正した。
「ご注文決まりましたか?」
「コーヒー2つで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
手短に注文を伝えると店員さんも短く応答し、軽く礼をしてカウンターへ戻ろうとする。
「あ、ちょっといいですか?」
「はい?」
目の前の友人が店員さんを呼び止めた。
嫌な予感がした。
奴がニヤリと笑ったからだ。
「いつもの店員さんって今日来ますか?」
「おい! 止めろ馬鹿っ」
俺が止めてももう遅い。
店員さんは少し考える素振りを見せたあと口を開いた。
「あの子はあとで来ますよー」
「だとさ」
「おい、馬鹿」
店員さんが去ったあと友人はヘラヘラしながら呑気にそう言った。
「余計な事すんな」
「でも、あの店員さんも特に疑問を持たずに教えてくれたって事はりっ君があの子目当てでここに来てるのバレてるって事だと思うな」
「そんな訳あるか」
「それこそそんな訳あるかって感じだけど」
友人は呆れたように笑った。
「まぁ、いいや。それより、来週の試験ヤバいんだろ?」
「ヤバい。ヤバいし留年が掛かってる」
「洒落にならないなあ。ヤバいのからやろう。ヤバいのはどれ?」
「え? 全部」
「……」
いつもはヘラヘラと笑う友人が沈黙した。
「りっ君はさー」
コーヒーが来て、2人でそれを飲みながら試験の対策を教えて貰らい始めて既に一時間近い時間が経過していた。
友人は暇を持て余しているのかコーヒーについてきて使わなかったスティックシュガーを片手で弄びながら口を開いた。
「ただでさえ半年休学してたんだから、もうちょっと頑張りなよ」
「休みたくて休んだんじゃねーよ。事故に遭ったんだからしょうがねぇだろ」
「そうだとしてもさー……」
友人がチラリと俺の隣に置いた荷物の方を見た。
大きくて重くて古臭いケースの中にはギターが入っている。
「バンドの方ももうちょっと程々にしたら?」
友人は心配してくれているのだろう。
この男との付き合いは随分と長く、もう十年近い。
普段はへらへらと笑っている適当な男ではあるが、なんだかんだとこういう場面では的確にアドバイスをくれたりする。
だから、奴の言い分はきっと正しいのだろう。
その上で、だ。
「馬鹿言え」
こちらもきっぱりとそう口にする。
「俺ぁ、音楽やるために生きてんだよ。音楽やらねぇなら他のこともやらねぇ」
「はー、そう」
適当に、諦めたように笑う友人。
それでもこうして試験対策に付き合ってくれるのだから、ありがたい。
「でも、今回のそのギターはいくら何でもやりすぎだと思う」
「……いいだろ、別に」
「いくらだっけ?」
「……もう言わん」
自分でも口にしたくないような値段だったので言わない。
正直に言えば、先程まで口にしていたコーヒー分の金を捻出するのにも困っている。
そんな支払いが後二年程続くということも、今は考えたくない。
時間もそれなり過ぎたためか大分集中力も切れていた。
だから、随分と雑談も増えていた。
だから、俺は彼女がこちらに近づいていることにも気づかなかった。
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