ライフインホワイト 14
廊下を出来る限り音を殺して歩いていく。
ケガがあることと人一人を背負っているので当然上手くいくはずが無いが気にしないことはできない。
部屋を出た先の廊下にはいくつかの扉があり、それがしばらく続いているのが分かった。
おそらく扉の先は俺たちが監禁されていたような部屋があるのだろう。
廊下はしばらく続いていてこの施設がかなりの広さを持っていることを示していた。
とはいえ廊下が迷路のように入り組んでいるはずもなく、ほぼ一本道の廊下を歩く。
このまま歩いていては敵に正面から姿を捉えられてしまうがほかに道がないので仕方ない。
隠れる場所と言えば左右にある扉ぐらいだが、俺にはその先の部屋がどのくらいの大きさなのか、隠れられるような場所なのか、そもそも鍵はかかっていないのかということが全く分からないのでなかなか隠れるのも難しいだろう。
扉を開けて確認したい気持ちはあったが扉を動かす音でバレたりしては元も子もないのでいざというときに試すことにした。
それに今は一歩でも外に近づきたい。
廊下はまだ続いている。
敵の姿や気配は未だなかった。
そういえば、俺と綾瀬さんの持ち物は敵に盗られたのだろうか。
綾瀬さんについてはどのような状況でここに連れてこられたのかわからないのでそもそも持ち物を持っていなかったという可能性もあるが、俺に関しては昨夜の時点でスマートフォンと財布は確実に所持していた。
しかし、先ほど一応ポケットの中を確認してみたが当然ながら取り上げられているようだった。
スマートフォン一台さえあればSOSを送ることが簡単に出来た。
『協会』の知り合いは多い。
昨日再会した有村夕夏の連絡先は(変わっていなければ)知っている。
今は付き合いの無くなってしまった昔の仲間の中でもほぼ確定して連絡が取れる相手もいる。
義妹の聖花だ。
昔のような関係にはついぞ戻れていないがそれでも家族なので連絡ぐらいは取れる。
返信がなくとも、助けには来てくれるだろう。
聖花は困っている他人を簡単に見過ごせるような子ではない。
あぁ、でもそもそも関係が良好な相手がいるな――。
あれこれ考えてみたが結局のところ連絡手段が手元にないので、それ以上考えるのを止めた。
今は一歩一歩に集中するべきだ。
綾瀬さんを背負いなおし、いつの間にか下がっていた顔を上げて、前を向いた。
息を吸って、さぁ改めて行くぞ、というところで廊下の奥の階段から音が聞こえることに気付いた。
息を殺し、耳を傾ける。
コッコッという踵が床を叩く音。
二つ重なって聞こえる。
やはり敵はまだいた。
それも二人。
白熱しそうになる思考を何とか食い止めて、冷静にどうするべきかを考えた。
まだ俺たちの姿は捉えられてない。
ならば、先ほど考えていた通りどこかの扉を開けてみるべきだろう。
何もしないよりはましだ。
俺は音を出さぬよう静かに動き、扉に手を掛けた。
頼む、開いていてくれ。
願いが通じたのか、幸いにもその扉には鍵がかかっていなかった。
安心も束の間、すぐに扉を開け中に入り、そして扉を閉めた。
音は出来る限り殺したつもりだ。
あとはバレないことを祈るしかない。
戦闘になることに備え、視線を滑らすように手早く部屋を見回す。
先程と同じ向き、同じような大きさの部屋だった。
教室大の大きさの室内には何もなく、大きな窓が扉の対面についているだけ。
違いを上げるならば窓から見える風景で、先ほどの部屋よりもさらに崖が近い気がした。
窓の下は深い谷間なのだろう。
窓から脱出は不可能。
そう思えた。
足音は徐々に大きなって行った。
段々と近づいてきて、相手の会話も聞こえる距離まで迫っていた。
『――西田の野郎、こんな時にどこで時間食ってやがんだ!!』
『……』
『たかだか手負いの小僧と非力な姉ちゃんの相手も出来んのかね』
『……』
イラついた男の声だった。
足音から、もう一人いるはずだが男の話を聞き流しているのか反応が無かった。
男は相手の反応が返ってこないことにさらにイラついたのか舌打ちをした。
『……先生さんよぉ、俺もそろそろ我慢の限界なんでさぁ。いい加減動き出せんもんかね』
随分と皮肉めいた、嫌味たらしい言い方だった。
どうやら相当にフラストレーションがたまっている様子だ。
敵の目的がわかるかもしれない状況に、少しでも情報を集めたい俺は深く耳を傾けた。
カツカツと子気味良くなっていた『先生』と呼ばれた人物の足音が不意に止まった。
はぁ、という呆れた深いため息の音がこちら迄聞こえてくるほどだった。
『シャチョーさん、アナタを逃がすことにどれだけの労力がかかっているのおわかりですか?『協会』を相手に逃走することの難しさがアナタにわかりますか?』
聴こえて来たのは女の声だった。
発音に妙なイントネーションが混じっているのでおそらく外国人であろう。
そして、彼女が『協会』に手配されているFP能力者なのだろう。
『……俺には知った事じゃねぇなぁ。そこはあんたの仕事だろう?そのために戦闘屋のあんたを雇ったんだからよぉ』
社長、と呼ばれた男も足を止めたようだった。
挑発する様な言い回し。
『先生』はまたため息を吐いた。
『何度も説明しているが私は戦闘屋じゃない。それにアナタ達のせいで仕事が増えている。少女も少年も巻き込む予定はなかった』
『はっはっは。それはそうだ。西田の野郎が失敗しやがったからな。俺は別にいいんだぜ? 三人纏めて消してやっても、最初から言ってるだろう? 先生、アンタが頑なに拒んでいるから問題が増えてるんだ。俺のせいじゃない』
『――……殺しは専門じゃない』
『ハッ。悪党のくせに清廉なこった。泣けてくるぜ』
わざとらしく社長はそう吐き捨てて、再び歩き出した。
『だが、忘れるな。アンタが俺の国外逃亡を早めなかった、そのせいで何人も殺すことになった。そのことをよぉく考えておけ』
『……』
今度は『先生』は何も返さなかった。
再び二人分の足音が響きだした。
どうやら仲間内でも揉めているようだ。
話から推察するには、おそらく最初に社長と呼ばれていた人物の個人なり会社なりが揉め事でも起こしたのだろう。
恐らくはFP能力が絡むような揉め事で、そこに『協会』が介入してきてさらに悪化した。
『協会』はどんな些事であってもFP能力が絡めば介入してくる。
それを面白く思わない連中はごまんといて、社長もその一人だったのだろう。
元の揉め事に加えて『協会』とのいざこざを起こしたことで結果的にこの国に居ること自体が難しくなり、国外逃亡の手引き役として外部のFP能力者を雇ったというところだろう。
大雑把な予想で、あっている自信はあまりないがほんの少しだけ自分のまきこまれた事件の全体像が分かってきた。
確証はないにせよ情報が増えれば考えられることも増える。
例えば『先生』と呼ばれた女の能力についてだ。
女は先ほどの会話で「戦闘屋」と呼ばれたことを否定していた。
戦闘屋は文字通り戦闘系のFP能力で金を稼いでいる『協会』未認可の連中の俗称のようなものだ。
戦闘主体の仕事を請け負う人間であれば否定はしないだろう。
本人は「殺しは専門じゃない」とも言っていた。
殺しが得意ではない戦闘屋も見たことがないわけではないが、当然その数はごく少ない。
多くの戦闘屋と呼ばれているFP能力者は破壊や殺しと言ったものも得意なものが多い。
そうではないということは戦闘主体のFP能力者ではない可能性が出て来る。
さらに先ほど推察を含めて考えてみれば、女は国外逃亡の手引き役の可能性が高いわけだ。
と、なれば運び屋なんてものが考えられる。
コツコツと廊下の足音が着実に近づいてきていた。
静かに、一層息を殺しながら思考を続ける。
ここまでの推測の全てが合致していてくれるならば、『先生』は戦闘が得意なFP能力者ではないかもしれない。
拳を見つめ、握りなおした。
そうなれば、勝機はこちらにも見えてくる。
――そんな浮かれた思考はすぐさま冷え固まる。
扉の目の前、そこで丁度足音が止まった。
『? どうした?』
『……』
『な、なんだよ』
『……西田という男、もうすでに倒されているようだ』
『は?』
『……どうやら相手は手負いで非力なだけの少年少女、というわけではないようだ』
――マズい!!
すぐに扉から離れ、身を隠そうとした、――が一歩遅い。
ゴウッ!!という派手な暴風が瞬間的に建物中で吹き荒れ、廊下と部屋を区切っていた扉をいともたやすく吹き飛ばす。
綾瀬さんを背負った状態の俺には為す術もなく、吹き飛んだ扉に突き飛ばされるように宙を舞った。
意識が朦朧と薄れていく中で自分がFP能力者の探知・探索能力にまで思考を回しきっていなかったことに気付いた。
次の瞬間には目の前に地面。
重力により激突するように叩きつけられた。
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