砂上の楼閣 8
『グ……グゥオオォォォオオ!!』
大音量の咆哮が地下空間全体に響き渡り、壁や柱が震えた。
あまりの音量にトゥーリアは片耳を押さえ、顔を顰める。
が、悠長にしている時間など無い。
立ち上がり、構える。
黒い怪物と目が合った。
そこに人間の意識のようなものは、もう既に何一つ感じられなかった。
瞬間、怪物が撃ち出されたような速度でトゥーリアへ一直線に向かって来た。
今度は油断しない。
瞬時に練り上げたFPで再び突風を起こすが、射ち出す先は怪物ではなく地面。
合わせて横へ跳べば、怪物の動きでもトゥーリアを捉えられない。
怪物が、先程までトゥーリアがいた位置の背後の壁に激突する。
しかし、激突した程度で止まる勢いではなく、轟音を立てて壁が破壊される。
一部始終を空中で横目に確認しながら、トゥーリアは再び風を起こし線路上にふわりと着地した。
元の姿とはあまりにもかけ離れた外見、あまりにも巨大な咆哮、あのスピードと膂力、そしてあの目。
怪物の中に少年の意識はもう既にないのだろう。
トゥーリアは短い戦闘のやり取りで、そう結論を出した。
破壊された壁の中に赤く光る二つの瞳と怪物の胸の中心で煌々と輝く『オーブ』が見える。
プロの運び屋として裏の世界で、これまで少なくない仕事をこなしてきた。
その経験上、命のやり取りに発展し、戦闘を重ねた回数も当然少なくないのだが、そのトゥーリアの背筋にも冷たい物が走る。
そもそも正面戦闘を得意とはしていないトゥーリアでは正面を切って怪物と戦っても勝てないだろう――。
壊れた壁の奥から低い唸り声が聞こえる。
――だから、思考を即座に切り替える。
次の攻撃のための怪物がユラリと動き出す。
――チラリと視線を動かす。
降りてきた階段の位置、ホームの形、柱の本数、線路の続くトンネル。
瞬間的に見た映像を脳に叩き込み、潜入前に覚えた街の地図と地下鉄の計画予定図に照らし合わせる。
『グ……グゥオオォォォオオ!!』
再びの巨大な咆哮。
しかし、今度は顔を顰めたりしない。
代わりに、FPを全身で練り上げる。
怪物の巨体が、動く。
壊れた壁をさらに破壊し、斜めに進むようにトゥーリアに真っ直ぐ突進。
途轍もないスピードの中で怪物の右腕が持ち上がる。
強力な薙ぎ払い。
攻撃を的確に読み切り、トゥーリアは真後ろに跳んだ。
先程、同様FP能力を使い強化された跳躍。
怪物の薙ぎ払いが綺麗に空を切った。
空振りに伴う風をものともせず、綺麗に着地、そして同時に振り返る。
暗闇に続いていく線路を見つめた。
勝てないのであれば、戦闘をしない。
戦闘屋ではなく、運び屋として生きてきたトゥーリア・グレイスというFP能力者の本来の『戦い方』。
つまり、FP能力をフル活用した逃走。
それがトゥーリアの選んだ一手だった。
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