人から教わること

 まだ駆け出しの頃(ちなみに私は職業音楽家であった)、オーケストラで演奏するということは教えてもらうのではなくて、人から技術を盗むものだった。盗むという表現が悪ければ、見て(聴いて)覚えるものだった。基本的なことは大学で教わるんだけど、実社会じゃそんなものはほとんど役に立たない。

 時には優しい先輩が「お前リズム悪いなぁ」とか「ほらその音程!」とか指摘(というかイヤミ)を言ってくれるぐらいで、どのタイミングで出たら他の人と揃うのかというのは誰も教えてくれない。実際にどうやったらこうなる、と言うのは肌感覚でしか覚えられない。合わない時は周囲から一言「ヘタクソ!」とだけ言われた。

 だけどピタッとあった時だけは「さっきの良かったよ」と言ってくれる優しさがあった。そう言われることで自分の中での誤差を徐々に修正していくことが出来た。

 その後必死で食らいついていくために、このハーモニー進行でこの音が書いてあると言うことは、少し高めにしよう、低めに吹かなくちゃ、とか言う感覚も肌感覚で覚えていった。

 だんだん年月を重ねて行って、自分が人に言う立場になった。自分は人には「ヘタクソ」とは言わない。その代わり「さっきの良かったよ」だけを言うことにした。たったこの一言だけで、人から教わったことを次世代に繋いで行く。

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