『サテンの息子』
俺の名前はヒデユキ、大野ヒデユキ。
中学2年。
サテンの息子だ。
カフェとか、かっこいい名前では呼ばれない、普通の喫茶店の息子だ。
入口の横には、シンボルツリーのオンコの木。
UCCロゴの入った看板には店の名前「紙ふうせん」と書いてある。
はじまりは、オーディオが好きな父が、好きな音楽を鳴らしたいが為だけに営業を始めた喫茶店だ。
特に喫茶店経営にこだわりはなかったようだ。
外に働きに出ている母が戻るまで、学校から帰り店の手伝いをした。
オーディオの音にもこだわる、繊細な父は細かくて苦手だ。
今日は洗面所で前髪を直している父。
大変な場面に出くわした。
前髪が決まらなかったようだ、何故かと言うとドアを閉める音が大きい。
5段階中3の大きさだ。
俺もコーヒーを淹れられる様になった。
指導が細かくてめんどくさかったが、自分で入れたコーヒーを飲むと少し大人になれた気分だった。
店番をしながらカウンターの中で座り、その時流行っていた「美味しんぼ」を読んで時間を潰す。
そんな毎日に少しずつ慣れていた、この店のゆっくりと進む時間がとても好きだった。
カランカランと入り口に取り付けられた鉄製のベルが鳴る。
お客さんが来たようだ。
『いらっしゃいませ、ご注文は?』
「ホットで」
知っている。
大体来る客は覚えてきた。
今日は月曜日、週刊少年ジャンプの発売日。
このお客は近くのスーパーの偉い人らしい、ジャンプが大好きで毎週月曜日にやって来て、350円のコーヒーで2時間ほどジャンプを読んでから帰る。
全てお見通しだ。
会話はない。
さほど好きではないジャズが流れているこの店で、2人は黙々とマンガを読む。
「ごちそうさま」
と言ってこの男はニヤリと笑う。
「ありがとうございました」
俺は頭を下げる。
カランカランとベルを鳴らして、この日唯一のお客は店を出ていった。
種火で温めているポットはコツコツと小さな音を立てている。
テーブルを片付けに行くと、ガラスの灰皿の真ん中に小さな白い物が見えた。
そこにはペーパーナプキンで作った折り鶴が置いてあった。
「ジャンプ読んでたんじゃなかったのかよ、、、」
俺はガラスの灰皿を持ち上げよくできた折り鶴を眺めて、少し笑みがこぼれた。
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