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「二匹のキツネの宿」短篇【4500字】


「この辺だったかな…」
道の横を草原のウェーブが車と並走している。

北海道郊外、懐かしい光景であの時車に轢かれていたキタキツネとの不思議な体験を思い出す。

俺は親友と一緒に高校3年最後の思い出に北海道を自転車旅行しようと言う話になった。

一番南の函館をスタートして1番北の稚内まで往復1500キロだ。

テントと寝袋とガソリンで火を起こせるコンロ、小さいフライパンに飯ごう。

必要最低限の荷物で出発し、2日目「北海道の尻尾」の根元に位置する洞爺湖にテントを張った。

薪を探しにいこうとするとき道路にキタキツネが倒れているのが見えた。

オレンジ色に先っぽが白くなった子、美しいキタキツネだ、側にもう1匹白いキツネが見えて倒れているもう一匹を突いている、白いキツネとは珍しい。

「かわいそうに車にひかれたのか」

反対車線を車が走り去り、また来る車にひかれるのも可哀想だし、2匹ともひかれかねないそう思い俺は近づいた。

俺は持っていた軍手をはめ抱き抱えて、路肩に避けてそっと草むらに寝かせた。

その時、そのキツネはパッチリと目を開け俺と目が合うとゆっくり上体を起こし、立ち上がりその場を去ろうとした。

2匹のキタキツネはこちらをしばらく見ていたので、野生の生き物に餌をあげるのは良くないなと思いながらも、たまたま手に持っていた魚肉ソーセージを半分ずつにして投げ渡した。

2匹はそれぞれくわえ、その場を離れていった。

風に揺られる草原を走り抜ける2匹のキツネはとても美しく見えた。


翌朝、目が覚めて起きると友人が
「おい!おにぎりが置いてあるぞ」
と言い、見てみると昨日イス変わりに座ってた切り株の上におにぎりが4つ置いてあった。

「側でキャンプしていた二人の女性が俺たちに作ってくれたんだな」
その女性二人は日が出る前に出発したのだろうか、もうテントは片付けて何もなくなっている。

慣れない旅の最中に食べたおにぎりは俺たちに活力をくれた。

途中、雨が降ってしまいながらも札幌に到着した、すっかり日が落ち辺りは真っ暗な国立公園内にいた。

カッパを着ていたがびしょ濡れだ。
自転車をこぎながらカッパを着ていると雨で濡れるか、自分の汗で濡れるかどちらかで結局同じくらい濡れてしまう。

さすがにヘトヘトでそれでも仕方なくテントを建てようとした。

「こらー! そこにテントを立てちゃだめだあ!」

振り返ると警備員らしき人が注意を促してきた。
「札幌市内はテント禁止!雨降ってて可哀想だけども」

俺たちは国立公園の広い空き地にテントを立てようとしていたがテント禁止な地域がこの北海道のあるなんて驚きだ。
ねぎらいの言葉はありながらも野宿するなら札幌市内ホテルを借りるしかないと言われた。
警備員に頭を下げ俺たちはとぼとぼ自転車を押して歩く。

しばらく進むと駅前のガード下に野宿をしてる人たちが見えた。

どうやら同じようなバックパッカーや自転車ツーリストたちが寝袋で寝そべっていた、ちょっと離れたとこには浮浪者らしき人も見える。
みんなごちゃごちゃに寝転がっててガラが悪い。
ひとまずそこに荷物を下ろし夜が明けるのを待とうと言う話になった。
2人ともずぶ濡れでボロボロ腹もすいて死にそうだ。


その時不意に後ろからトントンと肩を叩かれると同時に声をかけられた。

「ねぇねぇ君たち、お腹すいてない?」

しばらく友人の野太い声しか聞いていなかったせいか、黄色い女性の声に胸がドキンとした。

振り返ると二人の女性。
一人はしゃがんで俺にトントンと肩を叩いて声をかけている。
茶色の髪にオレンジのワンピースの女性、と長い黒髪で真っ白なワンピースの女性、綺麗な美女二人に今ナンパされている。

話しかけた茶色髪の女性はにっこりと微笑むが、後ろで立っていた黒髪の女性は無表情でこちらをじっと見ている、小汚い男二人だからかな。

「めっちゃ腹減ってます!」
友人が元気よく答えた。

「素直でよろしい!  お姉さんたちがご馳走してあげよぅ!!」

「でも俺達ビショビショで着替えないと…」

「じゃあまずにお風呂に入ってからにしよぅ!!」

「はぁ」

俺は状況飲み込めずにいたが、どうやらお風呂に連れてってくれるらしい。

身も心もボロボロだし当てもない着いていくか、二人で相談。
「少し変わってるけど美人だしな」

まぁ友人の決め手に賛同した。

「じゃぁ、ついてきて!」
茶色髪の女性は人差し指を立て掲げ、添乗員のように先頭になって歩く、その後ろを黒髪の女性が続く。

その後方、大きな荷物を乗せた自転車を押しながらボロ雑巾の様な二人はついていく。

カラカラと二つの後ろの車輪の音がよく聞こえる、静かな路地に入り20分ほど歩いた。

路地を抜け薄暗い林を抜けると、大きな川沿いに大きな旅館が見えた。

屋根のある大きな門がありちょうちんが二つ灯ゆらゆら揺れる。
そのまま門を抜け自転車を馬小屋のような納屋に止めさせてもらった。


引き戸の大きな玄関をガラリと開けると板張りのきれいな玄関だ。

「ここは私たちの家だから遠慮しないでね!」

「あの俺たちお金がないんですけど…」

「いらないよ!大丈夫!」

現在改装中で休業していてお客はいないらしい。

「じゃ、遠慮なく」

「じゃあまず、お風呂ね!」

長い渡り廊下を抜け、まっすぐ温泉に案内された。
濡れた靴下がスリッパに張り付いて気持ち悪い。

脱衣所は簡素だった少し薄暗い白熱球が一つ天井からぶら下がる。

浴室の扉も無くのれんの向こうが温泉のようだ、濡れた服を脱ぎタオル一枚で温泉へ向かう

内湯は無く、のれんの向こうが下っているその奥に湯けむりで全容が見えないが広大な露天風呂となっていて1番奥には川が流れている。
川沿いの見渡せる範囲まで全て湯舟の様だ。

坂を降りると高い位置に電灯のように薄暗い電灯が数カ所あるが、湯けむりで2m程先は見えない。

湯船に入ると深い。胸の少し下くらい、子供用の温水プールのようだが湯加減はぬるめで丁度いい。
「ああ、最高だなぁ」
二人疲れを湯に溶かした。

奥に行ってみるとミニ渓谷のように様々な岩がそびえ立ち見上げる程の高さだ。
もう少しガキなら登って飛び込んで遊びたくなる。
所々、源泉が滝のようになって流れている結構な落差だ。
今まで入ったどの温泉より巨大な湯船で冒険心までかき立てられる。

しかも薄暗い湯けむりを通して見る照明は反射する光が薄く虹色に輝き幻想的な空間でもあって心の底まで安らいだ。

「えっ?」

そんな幻想の中から女性が現れた。
後ろから光、ハッキリは見えないがシルエットとまとめた長い髪、凛とした振る舞いや声からそれは茶色髪の女性だった。

「どう!気持ちいいでしょう?」

俺たちの前から現れた二人の女性
照明が背なので顔すら見えないが、そこにいる。

一糸まとわぬ姿で。

「ど、どうして?」

俺はとっさに少ししゃがみ肌を隠す。
湯けむりが凄いのでお互いよくは見えないだろうが。

「ここ混浴なのよ!せっかく仲良くなれたのにお風呂ぐらい一緒に入りたいじゃない!」

と茶色髪の女性の強引なまでの理屈は確かにクリア出来たら世界が変わる面白いテーマだ。

「私は少し恥ずかしいですが…」

黒髪の女性の方はよくは見えはしないが恥じらいの様子だ。

「はは、少しですか…」
「確かに!混浴最高です!」

俺はめっぽう恥ずかしい。
友人は楽しそうだ。

確かに小さい頃に家族や親戚とみんなで女風呂に入ったとき楽しかったのを覚えている。

下品な想像抜きで、こうやって知り合った男女構わずお風呂に入って親睦を深める事が当たり前だったら、と思わないでもない。

何ならクラスの全員でここにお風呂に入ってもいいと思う。

学校でワイワイ過ごすように、この大きなプールのような湯船で男女全員裸でワイワイ過ごしたらどんなに楽しいだろう。


それから、さっきの滝に打たれて修行僧のような真似をしたり、4人でお湯をかけあったり、背泳ぎしたりバシャバシャバシャバシャ子供のように4人で遊んだ。
結局ガキ二名はよじのぼり飛び込んだのは言うまでも無い。

しかし、ついさっき知り合った美女二人と、全員裸で遊んでいる、こんなことをしている自分が不思議であるのと同時に、高揚なのか紅潮なのか分からないくらい顔と身体が火照り、冷えた体もあっという間に暖まった。

風呂を出て部屋に戻ると鍋が用意されていた、俺たちは浴衣に着替えたが服は洗って乾かしといてくれると言う。

しばらくすると2人がやってきた、白と薄紫色の帯の浴衣姿、2人とも同じ浴衣で化粧はしていない。束ねた髪、頬はうっすらピンク色に色づいていた、髪色の違い以外は二人はそっくりだ。

「もしかして双子なんですか?」

「そうよ!今まで気がつかなかったの?まぁ性格全然違うしね!」

「鍋が煮えましたね、食べましょう」

4人で鍋を食べ、食後トランプをしたり、ボードゲームをしたり。
深夜まで遊び、いつしか四人とも寝てしまっていた。


深夜ふと目が覚めた。 

雲はなく月明かりの青い光の下、黒髪の女性は窓際のソファにかけて晩酌しているようだ、白い肌に黒い髪が艶やかさに目を奪われてしまう。

「あ、起こしてしまいましたか?」

「いえちょっと目が覚めて、寝れないんですか?」

女性はしばし無言になり。

「今日は姉に付き合ってくれてありがとうございました」

「いえいえこちらこそ、すっかりご馳走になって宿までいただいてとても感謝してます」

「ゆっくり休まれて喜んでいただけたならよかったです」

「姉はしばらくあなた達を引き止めたい様子でしたが…説得しておきました」

「あの、私は姉といつも2人きりなので今日はとても楽しかったです」

なぜか彼女の目が潤んで見えた。

「でも、なぜ俺たちを助けてくれたんですか?」

「…」

女性はしばし沈黙の後

「私たちはこの家に招かれて二十年になります。主人あるじは亡くなり、宿もどうなるか。気分転換に先日初めて二人で洞爺湖まで外出しました」

「あなた方は優しい人ですね、先日キツネを助けませんでしたか?」

「えっ?!」

言われた言葉をわかっているのに、何と言われたかわからない。
記憶と理解が追いつかないが、あの時見ていたのだろうか。

「さっ、寝て下さいね、明日からの旅の続き、よく休まないとですよ」

俺は手を引かれ布団に寝かされ優しく布団をかけられた」

布団をかけたその手はそのまま、俺の頬を優しく撫でる。
青白い月の光の中で黒髪の女性の表情は初めて見かけた時と違い、とても優しい顔だった。

その優しい手の感触と疲れのせいか直ぐに。



「おやすみなさい…」
深い眠りに俺はついた。


翌朝、日も上がる前に俺たちは目を覚ました。
テーブルの上にはあの洞爺湖の切り株の上に置かれていた時と同じおにぎり。

添えられた手紙に

「私たちは先に発ちます、ずっとあなた達を見守ってます」

彼女達の姿はもう無く朝もやの中、俺たちは宿を出た。

提灯が並び道を示してくれていた。


旅は無事に終わり、あの不思議な旅館での出来事はあまり話題にした事はなかった。

十年が過ぎ
洞爺湖の辺りを車で走らせる。

札幌であの旅館を探してみたがどこにも見つからなかった。


車を停めた。
道の横の草原をまた二匹のキツネが走っている。
一匹はイタズラにはしゃぎ、もう一匹はしっかりたしなめている。

そんな風に見えた瞬間、浜からの優しい風が頬を撫でた。


終わり


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