『老婆と息子』サテンの息子#2
俺の名前はヒデユキ、大野ヒデユキ。
中学2年。
サテンの息子だ。
カフェとか、かっこいい名前では呼ばれない、普通の喫茶店の息子だ。
入口の横には、シンボルツリーのオンコの木。
コーヒーのロゴの入った看板には店の名前「紙ふうせん」と書いてある。
今日も学校が終わり店番している。
暇なので、父親のこだわりのオーディオを観ていた。
音の響きがいいとか言う理由で真空管のアンプの足の下には10円玉が敷いてある。
30キロある重いアンプで10円玉を敷くのに持ち上げるのを手伝った。
音の違いは俺にはさっぱり分からなかったが、きっと効果があったのだろう。
今日は機嫌が良く、500円小遣いをくれた。
外に出ると、オンコの木の下には母が植えたラベンダーが紫色の花を咲かせている。
その横に散歩のワンコが落とし物をして行ったようだ。
今日も母が帰る時間まで店番をした。
翌朝、母が騒いでいる。
自宅と繋がる店に行くと、母が怖い顔をしている。
『ラベンダーが盗まれた』
怒りとも落胆とも取れる声色で震えた声で母は言った。
『昨日はあったんだけどね』
確かにあった。
て事は、夜から早朝の犯行か。
ふとオンコの下に昨日と同じ場所にワンコの落とし物があった。
次の朝、朝5時頃、日が登りすぐの時間。
うっすら霧がかかる中、窓から店の外を覗くと、犬の散歩をしている老婆がオンコの木のそばにいた。
ああ、この人が犯人か…。
とても優しい顔をした老婆は犬の頭を撫でている。
手には何処かで摘んで来たのであろう花を持っていた。
何も言えなかった。
きっと朝の散歩がてら悪気もなく花を摘んだのであろう。
俺は小さな看板を建てた。
『花を持って行かないで』
その後、花が摘まれる事は無くなった。
しばらく、朝起きたら外を掃除することにした。
優しい顔をした老婆に、俺は毎日顔を合わすと挨拶をした。
カランカラン
夕方、店の玄関に吊るされるベルが鳴る。
優しい顔をした老婆は、コーヒーを飲みに来る様になった。
砂糖を二つ。
ある日、つい先日亡くなった、旦那の思い出を俺に話してくれた。
ラベンダー畑で出会い、ラベンダーが好きだったと話をしてくれた。
外にワンコのリードを繋げられるように、オンコの木の横にフックと小さなスノコを置いた。
その後母は、周りにスズランを植えた。
深い意味はないらしい。
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