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大冒険は青空とともに

今年の夏も暑かった。

絵の具で塗ったような青と白のコントラストがまぶしい。


夏休み中の子どもたちは朝から「アイスが食べたい、ジュースはどこ?」と騒々しい。

「ご飯食べてからにしてー」「涼んでからじゃないと食欲わかないよ」

「先に宿題やったらどうなの!?」「暑くて無理ー冷たいのなんかないの?」

私のイライラをピンポイントでついてくるやり取りにため息をつきながらふと窓の外を見る。

「この贅沢者め!!」

こっそり、誰にも聞こえないように吐き捨てる。

なぜこっそりかって

「贅沢者」なんて言葉はこの子たちには当てはまらないことも

子どもたちが「子どもらしく」育っていることもよくわかっているからだ。


見渡す限りの青空は、私のどす黒い気持ちも吸い込んでくれそうに見えた。


昔々、大昔

私が小学校2年生の頃の夏休みのことだった。

あの日も、朝からとてもよく晴れていた。


毎日、朝起きて一番最初の仕事は

母が飲み、リビングに散らかしたままのビールの缶や酒瓶を片付けること。

私は普段通り、黙々と片付けていたのだけれど

ふいに妹がぐずりだした。

「おなかすいた…」

確か9時半ごろになっていたと思う。

妹をなだめながら私は考えた。

母を起こしても起きないか、もしくは怒られる。

機嫌が悪かったら叩かれる。

蹴飛ばされるかもしれない。

こんなに気持ちよく晴れた日の朝に

そんな嫌なことが起きるのはごめんだった。

このまま妹がぐずり続けて泣き出してしまえば

起こした時と同じように怒られる。

どうしよう。


たどり着いた答えは

「ごはんをもらいに行こう!」だった。

小学校2年生。今のようにコンビニなどない。

お金も持っていないのだ。


妹にかわいいよそいきのワンピースを着せた。

「お願い事をしに行くときは、きれいにしていかなきゃいけない」

と思っていたからだったのだけど

フリフリのスカートをはいた妹は上機嫌だった。

「おばちゃんのところに行けば、ご飯がもらえるかもしれないよ」

妹の手を引き、歩き始めた。

普通に歩いても30分はかかる。

私にしては大冒険だった。


途中で「つかれた」と座り込んだりぐずったりする妹をなだめながら

なんとかおばちゃんの家へたどり着いた。

ドアを開けたおばちゃんは目を丸くして驚き

おじちゃんも、奥から飛び出してきた。

「大したものはないけれど」と

おじちゃんがスクランブルエッグを作ってくれた。

「おじちゃんはこれしか作れないけど、自信作なんだ。美味しいかい?」

モリモリ食べる私たちを、目を細めながら見ていた表情を

今でも鮮明に覚えている。


その後、母に捕獲され

大目玉とげんこつを食らい、母は父に大目玉を食らい

私と妹の大冒険は幕を閉じた。

抜けるような青空は、私の涙にぬれた思い出となってしまったのだけど

以降、ちゃんと朝ご飯を出してくれるようになったのは

怪我の功名、というべきだろうか。


わが子たちを「贅沢者」と思ってしまう気持ちの原点はこういうところにあると思う。

物質的なことではなくて

「自分で何とかしようとする気持ち」がなくても

生きていけること

そして「子どもらしく」生きていける環境があること。

親がいてもいなくても

その環境に恵まれない子が山ほどいる。

私がそうだったように。


わが子に対して、嫉妬のような気持ちが渦巻いていた時

「嫉妬してしまうくらい子どもらしく育てられているって良いことだと思うんだ」

「つらい境遇は、間違いなく君の味方になっていると思う」

と旦那に言われたことがある。

簡単に言ってくれるな、と当時は思ったのだけど

最近は、あながち間違っていないような気もしている。


「アイスが食べたい」「ジュース飲みたい」

そして

「朝ご飯食べたい」とさえ言えなかった私は

それがどんなに辛いことか知っている。

「自分で何とかしなきゃ」と考えるときの切なさも知っている。

知っているからこそ

「わが子にはそんな思いはさせてはならない」と思う。

その気持ちは、間違いなく自分のバイタリティとなっているからだ。


頑張って宿題を片付けた後にアイスクリームを手渡すと

夏空のように明るい笑顔で「ありがとう!」と受け取るわが子たち。

私の目には、まぶしく鮮やかで、なんの曇りもなく映る。


いつも明るいことばかり、という訳にはいかない。

良くも悪くも、人生って思ったようにはいかないものだ。

私は「母親になる未来」なんて想像していなかった。

まさに、今現在「大冒険」の途中にいる。


この大冒険の終わりに私が見上げる空は、どんなものなんだろう。

曇っても、雨でも、嵐でも

「それはそれで趣があっていい」と思えるのだろうか。


いや、やはり晴れていてほしい。

私は子どもたちに出会って、青空の虜になれたのだから。


























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