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仮面ライダーBLACK SUN(ネタバレあり感想)

ごきげんよう!F-SPZPです。

仮面ライダーBLACK SUN(以下ブラサン)を遅ればせながら観終わり、賛否両論の感想を各所で目にしつつ、自分なりに言いたい事がまとまって来ましたので今回はそれを書き残していきたいと思います。

物語面でも変身形態の面でもバチバチにネタバレを入れますので、ブラサンまだ完走してないよって人はご注意ください。

白石和彌印の仮面ライダーとは

仮面ライダーBLACK SUN

ブラサンがどんな作品か、というとなんと言っても"白石和彌監督作品"である!につきると思います。

白石監督が仮面ライダーを作るというよりは、仮面ライダーという植木鉢いっぱいに白石和彌ワールドを生い茂らせた何かみたいな笑

物語は1972年から2022年までの50年を生きた南光太郎、秋月信彦の2人の男の運命を通して人類と怪人の差別と闘争の歴史を見る、という感じなんだけど、

これがもう陰惨オブ陰惨!!!!

原典の仮面ライダーBLACKを通っていない身としてはこれまで観たもので一番近いものはネトフリのデビルマンcry babyですかね…

仮面ライダーBLACK SUN

1話冒頭から国連の会議にオンライン参加して意志の強い眼差しで差別反対のスピーチをする和泉葵ちゃんの場面で始まって、
(ああ…この子がどんどん不幸の渦に飲み込まれていくんだな…いやだな……)
とか思って観ていくとこっちが想像してた50倍くらいの勢いで

失って失って失って失って失って失って失って失う!!!!

そこまでドカドカ重し載せろとは言ってねえよ…泣

でもね、これはただいたずらに鬱展開を入れているわけではなくてですね、ちゃんと必要な積み重ねとして機能しているんですよ。

光太郎と信彦は1話時点ではブラックサン、シャドームーンと呼ばれてはいるもののまだ"上級怪人"であって"仮面ライダー"ではない状態から始まります。

仮面ライダーBLACK SUN

彼らが戦いの中で"仮面ライダー"に覚醒するトリガーになるのは「怒りと悲しみ」です。(この辺の設定の考察は後述)
差別主義者やゴルゴムとの戦いに巻き込まれ、大切なものを失い続ける葵の姿を目にして、2人は強い怒りと深い悲しみを抱き、拳を握り"仮面ライダー"としての「変身」を遂げます。

そのトリガーの配置のうまさたるや!
ブラックサン、シャドームーンともに、初変身のカタルシスはまじではんぱない!!
積み重ねた展開の中で溜まったフラストレーションを適確なトリガーで爆発させ、そこに最高の演出、迫真の演技をもって初変身をぶちかます!!

「よくも葵を…怪人に……許さん…!!!!」
のところはまじで今まだ見返しても泣くわ…
シャドームーンに至っては覚醒と初変身を2回に分けて演出する力の入れよう!

ここで劇伴についても触れておきますけど、ブラックサンとシャドームーンそれぞれにテーマBGMがあってこれがまたどちらもさいこうです!

静かなピアノの音から段々と感情を高めていき、変身の瞬間にギターメインに切り替わり戦闘に突入するブラックサンのテーマもよし。
革命を迫る信彦の演説に合わせ、ギターソロから徐々に力強いバンドサウンドに盛りあがっていくシャドームーンのテーマもよし。
さらにシャドームーン"覚醒"のシーンで掛かるテーマ曲のアレンジ版もよりダークに、メタル調になっており、その衝撃的な演出と併せて仮面ライダーシャドームーンの誕生を鮮烈に焼き付けます。

話し逸れましたけど白石監督の話しに戻しますね。

仮面ライダーと言えば戦闘シーンも大事ですけど、

これがもう凄惨オブ凄惨!!!!

仮面ライダーBLACK SUN

グロ描写があるって言うのはわざわざ観る人ならわかっているとは思うんですけど、ブラサンの場合は田口特撮がどうこうとかもうそういう次元じゃないです。
白石監督は意図的に観る者を不快にさせる方向のグロ描写で行ってます。

比較対象としては同じアマゾンビデオオリジナル作品の仮面ライダーアマゾンズ(以下ゾンズ)がありますけど、ゾンズとブラサンでは方向性が全然違うんですよね。

ゾンズのほうはグロ描写と田淵景也監督による鮮やかなスタイリッシュアクションの2つを絶妙なバランス感覚で両立させており、グロの中にもどこか妖しい美しさや仮面ライダーらしいヒロイックなムーブがうまいこと取り入れられていました。

ほんでブラサンにはそういうのは無いです。
いやゼロではないけど。

例えばゾンズだと人間の姿から怪人に変化すると、ガワだけじゃなくて内臓もよくわからない生き物のよくわからない臓器に変わってしまうんですけど、ブラサンの場合は怪人になっても内臓は露骨に人間の臓器のまんま出て来て、血液も赤いまんまです。そういうものをぶちまけたり引きちぎったりしながらぐっちゃぐちゃになって戦います。

これは怪人も人間であり、画面内で起こっているのは間違いなく人殺しであるということを明示するための表現です。
人間を殺すのも怪人を殺すのも"別"にはしないという意志を確かに感じました。
唯一の例外はカニ怪人なんやけど、これは葵のお父さんが怪人にされてしまって自我を失い、葵を襲ったところをやむなくクジラ怪人が殺す、という展開で、その後の展開でクジラが仲間になっていく事を考えるとあんまり酷い殺しかたさせるとクジラが悪い事してるみたいになるからまあそれはいいやろ。

後でまた触れますけど、ブラサンには白石監督なりの"誠実さ"があって、殺しあいをかっこよく魅せないっていうのもきっと誠実だからなんだと思います。

それゆえブラサンのグロは美しくない。醜く、汚く、正視に耐えない。
これもただいたずらに凄惨な描写を入れればいいやろみたいな考えではなく、筋の通った演出意図によるものです。

まあどんな作品かという話はだいたいこんなもんですかね。
キツいところは確実にある、でも観る価値は確実にある。
という事で次はおすすめポイントいきますよ!!

キャスティングの勝利

仮面ライダーBLACK SUN

まずは手放しに褒められるところ行きましょう!

とにかくまず言える事としては、南光太郎:西島秀俊、秋月信彦:中村倫也の主演2人!
この2人をキャスティングできた時点でもう大勝利すぎた!!

仮面ライダーBLACK SUN

だって見ろよこれ??

仮面ライダーBLACK SUN

だって見ろよこれ????

くっっっっっっっっっっっっっっっっっそかっこいいやんけ!!!!

こんなコッテコテのスタイリングでなんで自然に着こなして普通にめっちゃかっこいいの?

何食べて育ったの??

ルックだけじゃないよ演技もだよ!

人を寄せ付けないオーラを出しているようで居て、どこか優しさと寂しさを滲ませる南光太郎!

静かな闘志を常に秘めて、怪人たちの前に立てば同志たちの心に怒りを灯す演説をぶちかます秋月信彦!

もう完璧なんよ!!!!

中村倫也さんはね、やっぱり白石組は常連ですし信頼感しかないですよね。
実家のような安心感。

そしてこの両名がそれぞれの怒りと悲しみを握りたどり着く変身のかっこよさ!
力強く地の底から唸るかのようなブラックサンの変身、キレと優美さで魅せつつ不屈の意志を滲ませるドスの入ったウィスパーボイスが響くシャドームーンの変身!
どっちも好きすぎる…………

個人的ベストアクトはやっぱり俊介(雀怪人)の見せしめ死体を見て信彦が完全に闇に堕ちるときの中村倫也さんの表情ですね!
怒りと悲しみと殺意と絶望で虚無になる表情!!
真っ黒に沈み光を失うあの瞳!!
しびれますなあ!!!!

主演以外のキャスティングもほんとによくて、白石監督作品なのでまあはぐれ者と悪人しか出て来ないんやけど、群像劇の構成のうまさも相まって観てるうちになんでかみんなに思い入れ持ってるんよ…

仮面ライダーBLACK SUN

ビルゲニアとかまじで何なんあいつ?
あんなゴミクソ野郎にいつのまにか憐れみを感じて涙してるのなんでなん???
いつなの?いつ好きなる要素が出て来たの???

なんかクズでみじめでどうしようもないんやけどあいつはあいつで信じた創世王へのあこがれのために一生懸命なのが切ないんよ…

ここら辺はほんとに白石マジックだと思うしそれに応える三浦貴大さんの演技もすごい。

仮面ライダーBLACK SUN

邦画好きにはすっかりおなじみの芋生悠さんも安定のすばらしさですね…
例え過ちでも、何なら嘘でも、ついて行きたくなるカリスマを体現している。
彼女がいたから光太郎と信彦の闘争は始まった、という説得力がすごくあります。

今更ながら初めて見た葵役の平澤宏々路さんもまじですごい!
涙演技も毎度壮絶で観ててほんとにもうやめてくれ(褒めてる)って感じなんですけど、泣いて泣いて、苦しみぬいて、遂におとずれたビルゲニアをボコるシーンのあの突き放した怒りの表情!!
かっけーーー!!!!
今後の出演作品がとても楽しみです。

仮面ライダーBLACK SUN

クジラ役の濱田岳さんもとてもよかった!
あの朴訥としてるようで頭ではいろいろ考えてそうな、暗くてお堅いようで打ち解けた相手にはフランクに憎まれ口たたいちゃうみたいな!
いいやつですよクジラさんは!

コウモリ役の音尾さんはもう言うまでも無いですかね笑
ほんとにああいう役似合います。

筧美和子さんは今作でいよいよ白石作品の中でのポジションを確かにした感がありますね笑
またなんかの作品で殺されるのかな?

仮面ライダーBLACK SUN

ルー大柴さんが堂波っていう汚職総理大臣の役をやっているんやけど、その50年前の姿を演じているのが前田旺志郎くん。
ブラサン観てて堂波好きになる人はそんなにいないと思うけど、50年前編での絶望的な状況から形勢逆転のルートを見出した時の抜け目なさは前田くんの演技含めてその後に総理大臣に収まる説得力があっていいと思いましたよわいは。

うん。好きなキャラたくさん。

堅実と革新のデザイン・ガジェット

仮面ライダーBLACK SUN

ブラサンの特撮については上述したとおり容赦ないグロの印象です。
藤原カクセイさんのグロっグロい造形物を田口清隆監督の演出で撮るってやっぱりすごい贅沢よね。
しっかり予算掛けて実物造って、創世王なんてCGじゃないのに操演で動くからね!
令和やで令和いま!笑

あと特撮で大事なものと言えばデザインとガジェットも外せないですよね!
怪人のデザインは総じて生物感が生々しい気持ち悪い(褒めてる)デザインなんですけど、ブラックサンとシャドームーンはそこから世紀王に覚醒して仮面ライダーになり、デザインも洗練されます。

シンプルにかっこいい(語彙力)

怪人なんだな、っていう生物感はちゃんと残しつつ、トゲトゲやゴツゴツを最低限まで削り、スマートで動きやすい体型に。
おかげで最終回のタイマンはやっぱりアクションが映えてるんよね!

仮面ライダーBLACK SUN

背中に生えた飛蝗の脚ぶっちぎって剣にして戦うのとか笑うぜ?
それは見るからに鈍器でしかないしさっきまで曲がってた関節が振り抜いた瞬間にバチってキマるのおかしいやろ笑

けどかっこいい。

最終決戦でバシバシ血飛沫散らしながら斬り合うのまじさいこう。

ブラックサンが生物的なのに対してシャドームーンは機械とまでは行かないもののしっかり金属パーツみたいなディテールがあるのもいいです。

そして満を持してのレッドアイね!!
原点のヒロイックなデザインから敢えて欠けた要素を作っておいて、最終決戦の前の復活イベントでこれまでの物語や登場人物の想いを全て託して遂に原点デザインの再解釈を完成させる!!!

さいこうじゃねえか!!!!!!!

あとこれは当たり前だから言わない人もいるかもしれんけど

ライダーキックが美しい!!!

そこは大事。

で、今作で一番かっこいいものは何かをいいますね?

仮面ライダーBLACK SUN

世紀王ムーンドライバー(with中村倫也)です!!!!

これはもう文章にしたところで観てもらうに越した事はないです!

黒ベースに緑発光の鬼かっこいいドライバーが変形する様をみなさんも観てください!!

私達は永遠に闘う

仮面ライダーBLACK SUN

ここからは最終回とシリーズ全体について、何故この結末になったのか、この作品は何を言いたいのかということを考えた結論を書いていきます。

最終回、光太郎と信彦は怪人たちの存亡をかけて最後の闘いに臨み、結果として信彦はキングストーンの力を手放し、肉体が戦闘のダメージを受け止め切れなくなって死亡、光太郎は手にした2つのキングストーンを使って創世王を継承し、彼を救いにやってきた葵ちゃん(カマキリ怪人)に自らを殺すように訴え、彼女のサタンサーベルによる刺突で絶命します。

その後、かつて差別と闘った護流五六の党旗を模したエンブレムのもと、葵、クジラ、ノミ、コウモリは怪人差別やその兵器利用を企てる政府と闘うための組織を創り、そこで密かに子供たちに戦闘や武器製造の技術を仕込む、これからの闘いのために…

というのが今作の結末になります。
最初に観終わったあとは、なかなかになんの救いも無い結末だなと自分も思いました。

信彦を止める事はできず、闘いの後に彼は50年前に戻りたいという未練と闘争への疲れを涙ながらに口にして息絶えます。

光太郎もはじめからそのつもりでゴルゴムに乗りこんで来たとはいえ、創世王になった後は自我を失い、葵の姿を見たことでようやく最期の願いである「殺してくれ」を振り絞るように伝えて死んでしまう。

主人公2人の闘いは、本人たちのみの結末で見ればこれで終わってしまいます。
さらに物語の第1話、もっと言えば50年前の過去編から描かれ続けている怪人差別という問題は結局解決されずに終わります。

自分が観たかぎりではブラサンの中での結論は"差別は永遠に無くならない"です。
少なくとも一世一代では、そんなに簡単には無くならない。

なんで仮面ライダーという作品で"ヒーローが差別をぶっ飛ばしてオールオッケー!!"をやらずにこの結末にしたのか、その理由自体はとても簡単で「現実に差別は無くなってないから」です。

これが先述した白石監督の"誠実さ"だと自分は受け取りました。

今作で描かれた50年という時間をはるか遡るほど古くから差別は存在し続け、今もこれからも無くならず、新しい差別だって出てくる。

だから仮面ライダーがいるからって差別は無くならないし悪い奴だって居なくならない。

では今作における仮面ライダーに、ヒーローに課された役割とはなんだったのか?

それは"闘うこと"そのもの、そしてそれは報われない者に"闘う姿"を見せ続け、"闘う意志"を目覚めさせることです。

それって仮面ライダーというシリーズが現実に50年間、ずーっとやって来た事、その真髄だと思うんですよね。
悪い奴はいる。だから怒れ、闘え。
弱い立場の奴はいる。だから守れ、手を取り合え。

そうして自由のために闘う仮面ライダーの姿はかっこいいんです。
だから見た者はそれに憧れて、どこかでそんなふうに強く、優しくありたいと思いながら生きていく。

作品内での話に戻すと、光太郎や信彦を含め今作の全ての登場人物は何かしらを間違え、騙し、騙されて、過ちを抱えたまま闘い続けます。

けど今作の唯一の"正しいこと"は先述した"闘うこと"そのものです。

今作ではまず差別との闘争として"ゆかりの中の闘い"があります。
結果としてはゆかりは間違いを冒しており、最終的には堂波とビルゲニアの結託により殺害されてしまいます。
"ゆかりの中の闘い"とは創世王を殺し、怪人たちの今後の誕生を阻止するというもので、ゆかりの過ちとは怪人の種としての存在を"勝手に終わらせようとした"事です。
既に存在している種の生命を誰かの一存で絶滅に追い込む事は間違っている。
だからゆかりは敗れます。

さらに後の展開ではゆかりは革命運動家などではなく、堂波の祖父が雇ったスパイで、目的はキングストーンの奪取だけであったという可能性まで言及されます。

けれどもゆかりは闘っていたんです。
そして光太郎と信彦の目にはその闘う姿はかっこよく映った。
ゴルゴムの集会にはじめて来たときには差別との闘争には惹かれていなかった光太郎と信彦ですが、創世王を殺すというゆかりの真意を知り、"怪人が生存し、差別が存在するかぎり、私は永遠に闘う"という言葉、そして血で描いたメビウスの輪を見たときに"闘う意志"が目覚めます。

ここから"光太郎と信彦の闘い"は50年の時を経て現代に再び動き始めます。

そしてその50年間のなかで、今作で唯一正しい事と位置づけられる"闘うこと"の対称を為す立場になっていくのがゴルゴム党です。
彼らは怪人の種としての存続と、政権との癒着による利益の享受のために、"差別との闘い"から降り、人間に従属する事を選択します。

"闘うこと""闘うのをやめること"

これこそが今作における決定的な是と非のラインだと自分は感じました。

現代編における"光太郎と信彦の闘い"も原点はゆかりの遺志に端を発しているため、やはり目的は創世王を殺し、怪人の種としての存在を終わらせるということに変わりはありません。

だから2人もまた間違っているんです。
そして彼らの闘いも、結果として見ると敗北と言うしかないものでした。

それでも光太郎の闘う姿は葵の中に"闘う意志"を目覚めさせていたし、信彦の演説はたくさんの虐げられた怪人たちの心に怒りを灯しました。

間違っていても、たとえ敗けても、彼らは闘っていたんです。

創世王とシャドームーンとの連戦により死にかけ、なんとか生き還った光太郎はもう一度シャドームーンと闘いに行こうとし、制止する葵に「50年前の自分から"敗北の意味"を受け継いている」と言います。

この"敗北の意味"とは何を指すのでしょうか?

ゴルゴム党に乗りこんで創世王を殺した後、怪人製造の村だった隠れ家に身を隠した光太郎は、はじめは敵だったクジラに何故いまは自分と一緒にいるのかと問います。

するとクジラは「(お前たちはゴルゴムに)ずーっと敗けてる。バカなんじゃねえかと思うよ。けど、その続きが見て見たくなった。そう思っただけだよ。」と答えます。
このセリフにはここで言いたい事が全て詰まっています。

クジラは全てを掛けて闘い、バカみたいに敗け続ける光太郎の姿を見てかっこいいと認めているのです。その後死にかけた光太郎を懸命に蘇生しようとして、最後には葵の仲間として光太郎の闘いを共に受け継ぐ者となります。

最後にはクジラの中にも"闘う意志"が再び灯ったのです。
闘い続ける者はかっこいい。その姿を見た者は憧れを抱き、放って置かない。

最終回のラストカットは、かつての護流五六の遺志を受け継ぐであろうメビウスの旗を掲げた組織を創り、子供たちに闘う術を教えながら新たなる闘争に向かっていく葵、クジラ、ノミ、コウモリの姿で終わります。

まず、葵たちはやみくもに孤独な子供たちを集めているわけではありません。
葵は"闘う意志"を秘めた子供を見出して組織に案内しています。
今作ではじめに同じような事をしていた人物はもちろん、過去編でのゆかりです。
光太郎と信彦はゆかりが見出した中でも特別な2人だったのでしょう。
次に現代編でも同じような事をしていた人物がいます。
それは葵の母親です。
ビルゲニアに捕えられ、キングストーンの在り処を聞き出すために拷問を受けていた葵の母親はそこに居たノミに目を付けます。
ビルゲニアがしている事に納得が出来ていない事、本心では正しく在りたいと思っている事を見抜いた葵の母親は、つまりノミが"闘う意志"を秘めていることに気付いていました。
その後ノミは自らの行いを悔やみ、葵や光太郎に協力し、最後はクジラと同じく葵の同志となります。

そして、集めているのが子供たちであるのも無意味ではありません。

その事を話す前に、"葵がドライバーを生成できた理由"について考えを書きます。

理屈で言えば恐らく体内にストーンを宿した怪人であれば誰でもドライバーを生成可能です。
ただ、誤解しないで欲しいのは"世紀王のドライバー"を生成できるのはキングストーンを宿したブラックサンとシャドームーンの2人だけで、そこの格の違いは大事です笑

ドライバー生成には体内のストーンの覚醒が必要であり、覚醒のトリガーになるのは強い闘志を伴う感情です。
光太郎と信彦の場合は"怒りと悲しみ"、そして葵の場合は"光太郎を救いたい"という願いです。
葵の願いが初めてストーンに作用したのは彼女自身が初変身をする場面ではありません。
瀕死になった光太郎を蘇生させるとき、クジラでは呼び戻すことができなかったブラックサンのキングストーンの輝きを復活させたのは葵の願いです。
そして彼女が願いを込めて血のメビウスを光太郎の身体に刻むことで、ブラックサンのキングストーンはさらなる覚醒を遂げ、レッドアイの力を得ることもできました。
この願いに葵自身の闘志が重なることで葵のストーンも覚醒し、ドライバー生成に至ったというのが自分の考えです。

この血のメビウスの場面で大切なのは、ヒートヘブンを摂取する前の光太郎のセリフです。
「俺がダメだったら、次を頼む」

仮面ライダーBLACK SUN

光太郎はおそらく自分が生きて戻れない事を覚り、"闘う意志"を持つ葵にこの一言を伝えたのでしょう。

そして葵は光太郎の闘いを受け継ぐため、血のメビウスを掲げた組織を創る。

葵が組織に子供たちを集めていることもまた、"私がダメだったら、次を頼む"なんですよ。
葵はこれから同志となった子供たちを守るために、拳を握って変身し、闘い続けます。
その姿を見た子供たちの中に憧れが芽生え、やがては闘志を解放し、強い思いで覚醒する者が現れる。

"私は永遠に闘う"というゆかりの言葉から始まった差別との闘争は光太郎に受け継がれ、そして葵に受け継がれます。

どんなに敗けても失っても、憧れと闘志を次の世代に繋ぎながら、報われない者のために決して闘いをやめない。
これこそが光太郎の言う"敗北の意味"ではないでしょうか。

"差別は永遠に無くならない"、だから"私達は永遠に闘う"

仮面ライダーBLACK SUNで白石監督が出したこのアンサーは、どこまても誠実なものだと思います。

おわりに

とまあ、最後だいぶ熱苦しい感じになりましたけど、ブラサンに関してのわいの意見はこんなところです。

ブラサン観て結末にモヤっている人がこれを読んて少しだけ腑に落ちてくれれば嬉しいかなと思いますね!

では今回はこのへんで!
まったね〜

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