本の話②


おすすめしたい本が出来たので筆を取ることにしました。

今年の目標を〝節制〟と決めてから、既に九冊の本を積読本の山に重ねました。節制とはつまり、物事を適度に楽しむということでもあるので、九冊くらいなら必要経費だろうという話です。はい。反省しています。

逆にいえば、それだけ魅力的な書籍が世に出ているのです。我慢をするほうが身体に毒とは思いませんか?


そうでしょう、そうでしょう。
皆さんの声がここまで聞こえてくるようです。

お察しのとおり、とても節制には向いていない性格をしています。
〈※著者の表記は全て敬称略です。あらかじめご了承ください。〉




まずは、ついこのあいだ文庫に収まったばかりのホットな一冊から。
愛すべきおとぼけ探偵・魞沢泉えりさわせんの活躍する、櫻田智也『蟬かえる』を紹介させてください。

第74回日本推理作家協会賞と第21回本格ミステリ大賞を受賞した連作短編ミステリ。前回の記事でご紹介した亜愛一郎の大ファンだった身として、このシリーズを追わずにはいられませんでした。

イチ推しはやはり、読後も尾を引くような人情を巧みに描ききった表題作『蟬かえる』です。……いや、ちょっと待ってください。終盤に生まれる希望に心救われる『コマチグモ』も良かった。それに、ミステリ的趣向の凝らし方に物語の結末がかちりとハマる『ホタル計画』だって捨てがたい。
本当、どの話も甲乙つけがたいくらいに素晴らしいんです。

もちろん、前作『サーチライトと誘蛾灯』から読めば、登場人物たちに対する愛着はとどまることを知らないでしょう。表題作が第10回ミステリーズ!新人賞受賞作となっており、こちらも物語の質は折り紙付きです。
なかでも『火事と標本』は現行作を感じさせる後味の短編で、魞沢というキャラクターに人間的な深みを持たせてくれます。こちらの短編は第71回推理作家協会賞の候補作に挙げられました。

とはいえ、著者の櫻田さんもおっしゃっているとおり、『蟬かえる』から始めても問題なく本を読み進めることができます。
刊行順に追っていくのも良し。入手しやすい二作目から手を伸ばしてみて、気に入ったら遡って一作目を買うのも良し。どちらも、ふと振り返ったとき「あのお話は良かったなあ」と思わず頬が緩むような、誰かにおすすめしたくなる作品です。


不思議な読み味の短編、というのが好きです。
そのお話がどこに着地するのか分からない。あるいは、ぼんやりと着地点は見えているものの、そこに至るまでの話の広げ方が独特な作品に出会うと「なんだこの作者は!」と浮き足立ってしまいます。

というわけで、そんな小説をひとつ。
マイクル・Z・リューイン『父親たちにまつわる疑問』です。

私立探偵アルバート・サムスンが活躍する連作短編集です。
シリーズ自体の始まりは1971年(さっと調べてみたところ、翻訳刊行は1991年だそうです)と古いものですが、こちらは昨年刊行の文庫新刊になります。もちろん、この一冊から読み始めても問題はありません。というか、ポケミス収録の最新作『祖父の祈り』を除けば、これと同時に新訳で復刊した『沈黙のセールスマン』以外はもう市場に流通してないので読めません。さいあくです。

自分のことを「宇宙人だ」と言い張る男が持ち込む、数々の奇妙な依頼。
なかでも好きだったのが『おまけのポテトフライ』というお話です。簡単に要約すると「たらふく食べているはずなのに、何故かダイエットに成功してしまった。これは絶対におかしい!」と怯える肥満体質の依頼人の疑問を解消するべく、探偵が調査に乗り出すという日常の謎です。設定がかわいいですね。

ちなみに、前述した『沈黙のセールスマン』も良著でした。

こちらは長編小説ですが、父娘で挑む事件の様相が目まぐるしいスピードで変化していくため、まったく長く感じません。原著刊行は1978年、旧版の翻訳は1994年なのに、現代の翻訳作にも引けを取らないプロット構成と、魅力的なキャラクター作りには、素直に驚いてしまいます。

どちらを読んでも、ハードボイルド探偵全盛のなかで生まれたアルバート・サムスンという探偵が、時代を超えて愛される理由がわかるような気がします。


著者の癖や、趣味嗜好がちらと垣間見える作品が好きです。
なかでも著者のひねくれた部分が作品に色濃く反映されているのは、アントニー・マンの『フランクを始末するには』でしょう。

一昨年、待望の復刊を遂げた短編集で、ウィットに富んだ会話劇とひねくれた落とし方を兼ね備える作品ばかりを収録した秀作です。

印象深いのは『緑』というお話です。あまりに馬鹿げているはずなのに、なぜかロマンを感じてしまうこの物語の締め方は、ほかの作品では味わうことのできない読後感を味わえます。ほかにも、二転三転を繰り返す暗殺劇の表題作『フランクを始末するには』や、チェスを題材にした『ブレストンの戦法』も好きでした。

「普通の推理小説なんてもう読み飽きたよ!」という人にこそ、この短編集は刺さるんじゃないかなあとぼんやり思っています。


すっかりツイッターでも感想をつぶやいた気になっていたんですが、ここで泡坂妻夫『ダイヤル7を回すとき』を紹介させてください。商品紹介に嘘のない、ミステリの楽しさに満ちた傑作短編集です。

正直、どの短編をおすすめに挙げようか悩みます。『飛んでくる声』は導入の引き込みが丁寧で、ふと気がつくと、語り部と一緒になって、奇妙な世界に片足を踏み込んでいる感覚を味わえる怪作です。〝警察への供述〟という二人称視点で語られる、ヒロインのホワイダニットをテーマにした『可愛い動機』も、これまた格別の一編。締めの一文で明かされる彼女の可愛い(あるいは、全く可愛くない)動機には、思わずにやりとしてしまいます。『青泉さん』なんかは、このままシリーズで読んでみたいと思えるような、賑やかなキャラクターミステリでした。

というか、全てのお話に「ここが良かったな」と思えるところがあるんです。これはなかなか大変なことで、自分と趣味が合うなという方には、ぜひ手に取ってもらいたいです。何が言いたいのかというと、買って損はないということ!


以前、noteに公開した本の話①では、数珠繋ぎ形式で本を紹介していましたが、この形式はもともと北村薫さんのエッセイを読んでいて「やってみたいな」と思ったものでした。
というわけで、最後に紹介するのは「これまで読んできた小説のなかで好きな作品を三つ挙げなさい」と言われたとき、必ず挙げる作品のうちのふたつめ。『覆面作家は二人いる』から始まる、覆面作家シリーズです。

推理小説編集者の良介が新しく担当することになった覆面作家は、なんと大富豪のご令嬢。見目麗しい深窓の令嬢はしかし、一歩でも家の外に出ると、男勝りな〝もうひとつの人格〟に入れ変わってしまう!
……書いていても、本当にミステリ?と首を傾げたくなりますが、この設定をコミカルに昇華しながら丁寧な謎を成立させるのが北村先生のすごいところ。

何よりこの小説、飛び抜けて読みやすいんです。児童書を読んでいるような読み味でもあるのに、そこにしっかりと軸のあるミステリが含まれている。つまり、どんな年齢層の人にも勧められるんです。それって最強じゃないですか?
ミステリというジャンルを偏愛している身として、誰でも読めるミステリほどすごいものはないよなと考えています。そういう意味でも、この小説はある種、自分のなかの理想型のひとつなんです。

全三巻で完結しているのも、収まりが良くて好きです。リンクを載せている新装版には、当時の挿絵も完全収録されており、読み進めるにつれて登場人物たちへの愛着がどんどん湧いてきます。最終話はもうね、愛ですよ。愛。




そんなこんなで、好きな本を紹介してきました。
今回は文庫づくしでした。脇道に逸れるかたちで名前を挙げた『沈黙のセールスマン』を除けば、全て短編集(あるいは、連作短編集)だったりもします。もともと短編が好きなんですが、今回のラインナップは自分の読書遍歴が如実に現れている気がして少し恥ずかしいです。

本の話は飽きません。
書きたい本がどんどん湧いて出てくるので、あれも紹介したい、これも紹介したいと書き足しているうちに、記事の公開もどんどん先延ばしにしてしまいます。本当はその都度、公開していけばいいだけなんですけど……あれこれ思い出しながら列挙するのがまた楽しいんですよね。ダメダメです。

ということで、今回はここまで。
物好きな方は、第三回でお会いしましょう。それまで、さらば〜。



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