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やりたいことは




「こんばんは。『星の館』へようこそ。寒かったでしょう?さあ中へどうぞ。」

出てきた女の人は、全身がきらきらと発光していた。
透明なカーディガンに、チェック柄のワンピースの服装をしている。
優しく穏やかそうな雰囲気の人だ。

びっくりしながらも、その人に付いて行く。その人の雰囲気は、どこか安心感があった。

こちらへ、と言われ階段を上がる。
わくわくする。

「さあ、入って入って。」

女の人は微笑みながらすっと部屋の扉を開けた。
すると…

わあ…!と声が出る。

部屋の天井部分は透明なになっていて、夜空に星がたくさん散りばめられた景色が見える。こう見ると本当に宝石みたいだ。

真ん中には透明な丸いテーブル、の上に猫が二匹、猫型の椅子。
端っこには、発光する橙色の丸い実がたくさんなる木。
そして、床には占星盤が刻まれていた。
現実味がなく不思議だけど、洗練された空間だ。

綺麗な床の上を歩くと、自分の体が反射しているように見える。水面に立っているみたいで何だか楽しい気持ちになる。

建物の中は少し暗いけど、なぜか温かみを感じる。
そういえば外はすごく寒かったな、と忘れていた感覚を思い出した。

「ふふ、ここはとても綺麗な場所でしょう?
私、この館の管理をしている『ミチカ』です。よろしくね。」

「私、ソラって言います。
あの地図って、ミチカさんが書いたんですか?」

「そうよ、とっても粋な演出でしょう?私、手書きって凝ってて好きなのよねえ。
そうそう、温かい飲み物はいかが?ホットチョコレートとか、どう?」

ホットチョコレート!
私の大好きな飲み物だ。

「飲みたいです…!あと、あそこにある本、読んでもいいですか?」

部屋の両端には、大きな棚がいくつかあり、そこには大量の大型の本が並んでいた。

いいわよ~、と明るいのんびりした返事。

近場にあった本のタイトルを見ると…。占星術の研究書だ!
しかも、学校には置いていない見たことがない本ばかり。
早速うーんしょ、と手近にあった本を取ってみる。
ぱらぱらとページをめくる。自分の興味のある記述のページを見つけた。
ほうほう、と読み進め、満足して棚に戻す。

他にはどんな本があるのかな、とちらっと横の棚を見る。
『地形参考資料集①』と書かれた緑色の本が見えた。

うん?何だろうこれ。よくわからないけど興味をそそられる。
その本にそっと手を伸ばした。
…瞬間。

バチッ!!

うわっっっ!?

突然謎の光が手元に走った。けど、痛…くない。
もう一度本に手を伸ばしてみる。

バチッ!!

どうしても本から手が離される。

な、なに、これ…!?

「あら。ソラちゃんにはその本はまだ早いみたいね。」

ミチカさんがカップを持って来て椅子に座る。

「ミチカさん、この本は一体…?」

ミチカさんはにこやかに、こっちへ来て、と手招きした。



どうぞ、とカップを渡される。
あつあつのホットチョコレートだ。茶色の湯舟に、ハート型のマシュマロのような白いふわふわが浮かんでいる。

いただきます、と飲んでみる。
はあ。あったまる…。心も体もぽかぽかだ。

でも、心はまだちょっと落ち着かない。さっきの本は…。
それと、テーブルの上で眠っている、青く発光している猫が気になった。
触ってみる。ぴくっと動いた。かわいい。

「あの、ミチカさん、さっきの本…」

「ソラちゃん、明日学校お休みするの?」

えっ。

「な、何でわかったんですか!?」

「ふふふ、ソラちゃんの目を見たらわかっちゃった。
何か嫌なことでもあったんでしょう?」

「うん、学校の課題…最近すごく増えちゃって…。それで、先生と喧嘩してて…。
一応毎日課題やって、学校も行ってるんだけど、ちょっと、やる気無くなっちゃってた。それで、今日はここに行こうと思って…。
明日は、学校行かなくてもいいかなって」

あれ、私、何でこんなこと話してるんだろう。口が勝手に…。

「そう、そんなことがあったのね。ソラちゃんは、本当は課題、やりたくないの?」

「やりたくない…のかな。勉強は、好きなんだけどね。」

「どうして、我慢するの?」

我慢…?
あ、私、我慢してたんだ。

「課題ちゃんとやって、授業毎日出席して、試験も高得点出すとね、みんなの前で表彰されるんだよ。あの子、すごい!って。先生たちからも褒められるし」

「それは、ソラちゃんが本当にやりたいことなの?」

やりたい、こと…?

「私、私の、やりたいこと、は…。あれ…何だっけ…」

言葉が、出てこなくなった。
その代わり、ぽろぽろ、と涙がこぼれ出てきた。

私、なんで、課題やってるんだっけ。
なんで、学校行ってるんだっけ。
なんで、この館に来たんだっけ。

「課題のため?他の人からの評価?将来のため?
…ソラちゃんは、本当は何をやりたいの?」

はっとした。
ミチカさんの言葉が、心に響き渡る。
瞬間、沸々と怒りがこみ上げてきて、居ても立っても居られない気分になった。

「ああもう!課題やりたくない!学校行きたくない!
色々な場所に旅に行きたい!!この世界のこと、もっと知りたいー!!!」

部屋中に、私の大音量の声が響き渡った。

ミチカさんは、ははは!と、大笑いした。

「そう!それがソラちゃんのやりたいことなのね!!
いいわねえ旅。私も遠出したくなってきたわあ」

私、な、何でこんなに、噴火したみたいに感情的になって…。
でも、言いたいこと言ったらスッキリする!

「ソラちゃん、今日の夜空は見た?満月が出てるのよね。
月というのは人間の感情に強く影響を及ぼす。満月は月のパワー全開だから、みんな感情爆発しちゃうの。
自分の気持ちの制御、取りにくくなっちゃうけど、その代わりに、押さえつけてた気持ちたくさん出てくるでしょう?
私は、月というのはお母さんみたいな存在だと思うわ。」

説明するミチカさんはとても楽しそうだ。

「この『星の館』はね。その満月の力あってこその建物なの。
この館にはいろーんなお客様が来られるんだけど、みんな怒って爆発したり泣きじゃくるのよ。面白いでしょ?
動物たちもこの館に集まって来るの。この猫ちゃんたちは前から居候してるんだけどね。
月が出ないと、ここの館真っ暗なのよ~。それで、招待状はいつも満月の日に出すの」

「満月の力って?どうやって受け取ってるの?」

「うーん、それはちょっと言えないかなぁ」

あれ。気になるのに。

「招待状…そういえば、ミチカさんはどうして私に招待状を送ったの?」

「ん?ソラちゃん、前ここに一度来たことあったでしょう?」

…?来たこと、ある…?
記憶が…無い。

「ソラちゃん、小さい頃お父さんとここに来たでしょう?
ああ、覚えてないのね。」

お父さん…?懐かしい。
あれ、顔がはっきりと思い出せない。

「お父さん、最近会ってないなあ…。
私、今の学校行くために親と離れて暮らすようになって。
旅行が好きで、よく私とお母さんと一緒に色んなところ連れていってくれたなあ…。今、元気かな。何してるのかな」

「ふふ、何だか楽しそうでいいわね。
そう、ソラちゃん、それで旅が好きなのね」

ミチカさんには、不思議と何でも開けっ広げに話せる。



そういえば、あの本のことだけど…
と、ミチカさんが柔和な表情から一転、キリっとした表情に変わった。

「ここ、『星の館』はね、ありとあらゆる天文学の情報が集まる知識の倉庫なの。それはそれは膨大な量でね。数百年分の研究資料とかも、ここには保存されている。ここの棚以外にも、一階にも収蔵されてるの。
で、まあこれは表向きの館内説明で…。」

ちょっとだけ、込み入った話をするとね、とミチカさんは前置きした。

「ここに来るとね、その人にとっての『答え』が見つかるの。その『答え』というのは、もうその人がすでに経験として知っていること。
この館は、その人が解決したい、自分自身ではよくわかっていないもやもやが、実体として目の前に出てくるの。
その媒体がここにある本であったり、私との会話だったり…。それが、その人自身が探し求めてる『答え』に繋がっているの。
だから、まだその人がその『答え』を自分の力で見つけ出さないと、この館にすら辿り着けない。そういう仕組みになっているの」

…?
ミチカさんの話は、理解するのが難しい。

「そうね、本で勉強して習得するものじゃない、って言ったらわかるかしら。
大切なのは頭じゃなくて、心よ」

心…?

「ソラちゃんは、まだレベルがその本に届いていないみたい。それでその本には触ることすらできない。
経験値がもっともっと必要、ってことね」

レベル?経験値?
さっきから、ミチカさんは何を言っているんだろう。一体どうすれば…。

「ソラちゃんが、自分の心と真っ直ぐ向き合えば、自然にレベルは上がっていくわ。
前を向く、悩んだ時は立ち止まって今までのことを振り返る。それだけでいいのよ」

ミチカさんの声は、あったかい。まるで、お母さんみたいな…。

ミチカさんって、どういう人なんだろう?

「あの、ミチカさんは、ミチカさんのやりたいことは…?」

「…私?私ねえ、色んな種子を作って、育ててる。
世界各地の色々なところに、その種をまいて木を育ててるの。
ほら、ここにある真ん丸のお月様みたいな、満月に似てるでしょ?名前はそのまんま、『満月の木』。これ私が作ったの。
一階には種子の工房があるのよ」

工房?と聞くと、
ミチカさんは、秘密だから、見せられないのよ。と申し訳なさそうに言う。

うう、気になるのに。残念。

「ソラちゃん、ここに来たってことは、ソラちゃんのレベルちょっと上がってるはずよ。それで私、ソラちゃんに招待状出せたんじゃないかな。
レベル上がる人じゃないと、ここには来られないようになってるから」

あの、レベルってなに…?

「まあまあ、ちょっと小難しい話にはなってるから、今話せるのはここまでかなあ」

あ、そうだ。とミチカさんは立ち上がった。


「ソラちゃん、明日から、ちょっとだけ世界変わってるかもね」

何が変わるの?
言いかけた、次の瞬間。

くらっとめまいがして、私の意識はそこで途絶えた。








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