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Syrup16g好きの先生の話

先生がSyrup16gを好きなのを知ったのは、実はGRAPEVINEがきっかけだ。

僕がIT・WEB系の専門学生だった頃。

学習成果発表会という場で、自分の作ったサイトを同期生や先生たちの前で発表した。

僕は架空のバンドのホームページを作った。

そのバンドのCDのデザインをGRAPEVINE『イデアの水槽』を参考にして製作した。

2018年冬頃の製作物

無事に発表が終わり、数日が経った。

架空のバンドのホームページの手直しをWEB科の教室でしていた時、先生が僕に話しかけてきた。

「古本くんの発表よかったよ。『イデアの水槽』名盤だよね…」

「あ、ありがとうございます!GRAPEVINE知ってるんですね?」

先生との初めての会話はそんな感じだった。

先生はIT科の先生で、WEB科の先生ではなかったため、接点がなく、今までに話したことがなかった。

GRAPEVINEの話は、僕が若いのにGRAPEVINEを知っていることに驚かれて、僕が「『スロウ』は一生聴くと思います。僕が30歳になっても、40歳になっても」と言ってオチがついた。

ちなみに先生は30代だった。

そして間が生まれ、数秒後に先生がこう切り出した。

「古本くん。実はね。古本くんは知らないだろうけど、僕はSyrup16gというバンドが一番好きなんだ…」

僕はビクリと震えた。

「Syrup16g(しろっぷじゅうろくぐらむ)」という言葉が肉声として耳に入ってきて、瞬発的(恐らく、それは真空を切り裂くほど高速)に、

「し、知ってます!いちばん知ってます!せ、生活!」

と思わず叫んだ。

Syrup16gについては専らSNSでしか話したことがなかった。

だから、インターネットを介さないリアルな生活の中で、それも学校でSyrup16gについて話せることに、この上なく興奮した。

昨日より今日がとてつもなく素晴らしく思えた。

その日から、僕とSyrup16g好きの先生とのやりとりが始まった。

印象的な会話が3つほどあった。

1つ目。

僕が風邪をひき、リアルな患者となり、マスクを着けて登校した時。

すれ違いざまに「古本くん、水色の風邪ですか?」と声をかけられ、「鼻が霧の雨です」と返したこと。

2つ目。

先生が骨折し、手術のために入院した。

退院後の初出勤日に「先生、生還ですね!」と話しかけたら「僕は生還というより昇華ですねー」と返されたこと。

そして、3つ目。

僕の卒業式の時。

専門学校の職員の一人一人が式典で、卒業生に祝辞を述べた。

先生は、こう切り出した。

「卒業おめでとうございます。いや、なんか違うな。おめでとうというより、僕は卒業お疲れ様ですという感じですかね」

患者がいた。そこに重篤な患者がいた。

他の先生は「卒業、おめでとう」という華やかな言葉しか使わなかったのに、先生は「卒業、お疲れ様です」と現実を突きつけた。

それはSyrup16gのように絶望に寄り添い、ありふれた希望に気づかせてくれるような感覚に似ていた。

先生の話が終わり、僕は冷たい掌で人一倍に拍手をした。

専門学校に入学してSyrup16g好きの先生に出会えたことが一番の思い出。

好きなバンドを好きなだけ、それも学校で話せた。

そういえば、卒業式の後、枯れてしまう前のさくらの花を横目に僕が帰宅の準備をしていた時。

先生が僕に、こう聞いてくれた。

「古本くん。これから生活はできそうですか?」

「それはまだです」

僕は、そう答えた。

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