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或人形之足跡(アルヒトガタノソクセキ)

広漠とした荒野
普段ならば道を急ぐ商人が通るやもしれぬが今は誰も通りはしないだろう。
そう…荒野を埋め尽くす突き立った矢の海を歩きたがる者などそうはいない。
何があったかは分からぬ。
もしかすれば災害を招く巨獣を迎え撃つためだったのかもしれない。
だがそれらしきモノの姿もなく荒野にはただ矢のみが突き立たるのみだ。
何かの災厄を徹底的に封じるかのように隙間なく矢は荒野を埋め尽くしていた。
時が過ぎ鏃が地面に溶け木部と矢羽が風にちらし切るまでこの場は何者も立ち入り難い場となるであろう。

だが

そんな中を一人の人が征く。

頭より雨除けのボロけた外套を身にまとい男か女かも分からぬ者は大地を蹂躙した矢を踏み分け確たる足取りで征く。
まるでそれは隕石の鉄より鍛え上げられた鎧をまとった駿馬がひく戦車よりも何事も物ともせぬ歩みだ。
大地を埋める矢はその者が通ったあとのみ無惨にへし折られていく
都の精兵すら物ともせぬであろうその者の足取りはある一点で止まる。


大地を埋め尽くす矢の中でそこだけは地を晒すことを許さぬとばかりに矢は打ち込まれていた。
矢同士がぶつかり無惨に砕け散ったものがあたりに埋めるほどの徹底さ。
此の事を為した者の怒り…いや恐怖の残滓が矢に纏わりついてるようである。
外套の奥にある目がその未だ恐怖渦の中心にむかっていた。

「そこにいたか…」
外套の奥から声が漏れる。男とも女ともとれる声音だった。
ゆっくりと腕を伸ばし、指を中心に向ける。
「疾ッ!」
空気を裂くが如き鋭い声。それに答えるが如く、王者に答える兵もかくやと矢は地面から消え去った。
晒された地面に封印されたものは無惨に破かれた紙片…いや術式に詳しいものならばそれが様々な道士、術士、はては仙人が使う人を象った呪物人形であったものと分かるだろう。
「…お前は何を為したのだろうな…」
外套の人物はそう呟きながら金の祭器を扱うか如く拾い上げた。

【続く】

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