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連続小説MIA (79) | Chapter Ⅴ

チャンは独り身だ。いつも同じようなシャツを着て、大きなおなかをさすっている。昼ご飯はたいてい徒歩圏内のマーケットや屋台で調達したものを食べている。この部屋に移り住んでから、もうすぐ2週間が経とうとしている。レンタルビデオ店は定休日がないのか、休みなしで開けている。朝早く出ていくジェイコブによれば、チャンが出勤してくるのは8時過ぎらしい。店は10時ごろに開けることになっている。店を開けるまでの時間、チャンは店のコーヒーメーカーで珈琲を作り、経済新聞とシドニー新聞の両方を読んでいる。レジ横にある防犯カメラモニターの横に映画観賞用のモニターが並んでいて、たいてい古いヨーロッパ映画のVHSが再生されていた。晶馬が階下に降りていくときにはすでに店は開いている。ミスター・チャン、おはようございます。晶馬はレジ横を通りすぎる時に短く挨拶をするだけだ。チャンは、たいてい新聞かモニターを見つめていて、晶馬が挨拶をしても、ああ、うん。おはよう、とモゴモゴとした返事が返ってくるばかりで、他人と積極的に関りを持とうとする方ではなかった。晶馬は、チャンのことを理解してみたいと思っていた。いつもの小籠包店には、可愛い女の子がいる。晶馬がその店に足繁く通うのは、もちろんその店の小籠包が美味しいからだという点を強調しておくが、その売り子の女の子がとてもキュートであり常連客の憧れの的であるという事実は非常に重要だ。この日も晶馬は、いつもの品物を注文した。ただし今日は、三人分の量を注文しているため、店先で長く待つことになった。その間、晶馬は看板娘の仕事ぶりを眺めていた。時間帯なのか、しょっちゅう店の電話が鳴っている。その電話にも出ながら、ホールの配膳もこなし、持ち帰り客のために梱包もする。その動きは機敏で、しなやかだった。見とれていると目が合うもので、相手はこちらを見てくれる。恥ずかしさがないわけではなかったが目をそらすのも子供っぽいので、目が合うとニコッと笑顔で会釈した。彼女もにこりとして、その後で「待たせてゴメンね」という風にジェスチャーをしてくれる。これにはドキッとさせられた。男だけでなく、同性にも好かれそうな彼女である。お待たせしました!と渡された小籠包の包みを受け取り、晶馬は中国語のコミュニケーションハンドブックを買おうと決意した。

つづく(※平日の正午ごろに連載を更新します)

 (*The series will be updated around noon on weekdays * I stopped translating into English)

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