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連続小説MIA (88) | Chapter Ⅴ

僕の足音に近づいて、振り返ったのは驚くべきことにオリビアだった。オリビアは天体観測が好きであることを知っていたから、或いは、と思ったが、まさか本当にいるとは思ってもみなかった。やあ、と言って近づくとオリビアは前を向いた。目を合わせるつもりはないらしい。足元は暗いけれども、眼下に広がる夜景と空に輝く星々の光が明るい印象を与えた。僕たちが君を探し回っているんだということは、わざわざ言わなくてもいいかもしれないと思った。僕は黙って、オリビアの隣に座った。「ここは星がよく見える場所なんだね」オリビアは空を見ながら満足そうにうなずく。「大学では、環境学を学びたいと思っているの。ほら、私は自然や動物が大好きだから」穏やかで優しいオリビアにぴったりの学問だと思った。オリビアの方を見ながら、うん、と相槌を打つ。彼女は話し続ける。「できるなら、シドニー大学に行きたいと思っているのよ。まあ、私の学力では難しいかもしれないけど」謙遜するような笑顔であったものの、彼女の顔が明るくなってきたことに安堵する。「楽しみだね。僕は大学に行っていないからうらやましいよ」僕は22歳だった。大抵の同級生は大学4年生で、就職活動をしているころだ。オリビアが僕を見た。初めて目があったかもしれない。「学びたいことはなかったの?」「そんなことはないよ。建築を学びたくて学校に行ったけど、続かなかった。挫折したわけだよ、忍耐力が無くてね」こんなふうになっちゃだめだよ、と僕は笑う。オリビアはまだ16歳だ。これからいくらでも可能性はある。「そっか。晶馬は別の道を選んだんだね」僕を見るオリビアの瞳は、僕ではなくどこか遠くを見ているように映った。「本当は、来月からアルバイトを始めようと思ってたの。あなたが働いているあのお店でね」これは知らなかった。オーナーからも何も聞いていない。「せっかくの大学生活だもの。一人暮らしをしたいじゃない?だから、少しずつでもお金を貯めようと思ってたのよ」来月か、と僕は相槌を打つ。「うん、頑張りなよ。いいことだよ」「晶馬は本当に来月で終わりなの?つまり、いなくなっちゃくってこと?」オリビアは見上げるような目で僕を見た。胸がぎゅっとなる。「寂しくなるよね。ベンジャミンたちとはたくさん遊んだし、僕もつらいよ」でも仕方のないことなんだよね、と務めて明るく振る舞った。オリビアは、下を向いていた。この暗闇の中ではどんな表情をしているのか僕にはわからなかった。さっきからポケットの中で携帯電話が振動している。「さあ、家に帰ろうか。送るよ」というと、こどものような仕草でいやいやをする。頭をポンと撫でた。大丈夫だよ、と発した言葉は、無責任であり、無意味な言葉だったが他に言うべき言葉は見つからなかった。オリビアが胸に滑り込んできて、しくしく泣いた。僕はただ、大丈夫大丈夫、と言いながら彼女の頭を撫で続けた。ベンジャミンの家で嘔吐し泣いていた僕をオリビアは抱きしめてくれた。これは恋愛ではない。けれども、何かしてあげたいと思う気持ちに嘘はない。僕は何も言わずに抱きしめつづけた。友情をもって。

つづく(※平日の正午ごろに連載を更新します)

 (*The series will be updated around noon on weekdays * I stopped translating into English)

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