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連続小説MIA (90) | Chapter Ⅴ

店の定休日、朝から支度をして僕のためにフェアウェルパーティが始まった。ANZ銀行での現金紛失事件(一瞬で1,500ドルが消失した日※episode2で語った話)があり、事情を酌んだオーナーの配慮により僕は数週間の間、勤務期間を伸ばしてもらっていた。手荷物を整理し、まだ使えるものはセカンドハンドに売却し、なんとか所持金をかき集めていた。そのおかげで、この店に滞在する期間が延びていた。ベンやクロエ、そしてオリビアは銀行での出来事を一緒に悔しがってくれたが、まだしばらく店で働かせてもらうと伝えると素直に喜んでもくれた。もはや、オリビアとは友人になっていた。少し年上のお兄さんという立場で、オリビアの傍に居ることが増えていた。今日ここに集まってくれた人々は全員が僕のことを知っている人々だ。見知らぬ国での初めての友人、知人だ。親身になってくれる日本人のオーナー、いつも一緒に過ごしてくれるベン、何者でもない僕をまっさらな目で見つめてくれたオリビア。日本にいるときは、人と比べてばかりだった。たくさんのコンプレックスで固まっていた僕を「そんなの過去のことだろう」と、気にもせずに、現在の僕だけを見てくれた人たちがここに居る。僕はここに留まり続けたい、と思ってしまう。しかし、それが無理なことも、また、それをすべきではないこともわかっている。けれども、そう思えることが胸をじんわりと温めた。一言で言うなら、幸せだと思った。「晶馬、ホラなんかしゃべってよ」パーティが終わろうとしている。僕は用意をしていた英文をポケットから取り出した。「えーっと、、」と話そうとすると、緊張で手が震えた。話すときは、みんなの顔をしっかり見ようとした。僕の拙い英語が、みんなに伝わるかな。きちんと届くだろうか。オリビアは僕を一生懸命に見つめている(フェアウェルパーティで話すためのカンペ。英文がおかしくないか、事前に見てもらっていたのだ)。ベンとクロエは、肩をくっつけて僕を見ている。見知らぬ街、話せないためのコミュニケーションの怖さも感じた。最後には大金を失うというトラブルもあったけれど、ふりかえれば嬉しいことの方が断然多かった。それはここに居るあなたたちのお陰だったのだと、僕は伝えたかった。一言一言を口にした。伝わったのかどうか自信はない。でも、嬉しそうにして聞いているみんなを見ていると、伝わったのかもしれないと思えるのだ。

つづく(※平日の正午ごろに連載を更新します)

 (*The series will be updated around noon on weekdays * I stopped translating into English)

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