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連続小説MIA (81) | Chapter Ⅴ

そうこうしていると、リンゴーンと玄関チャイムが鳴った。黒髪の、華奢でほそい鼻筋が通った女の子、クロエ。ベンジャミンのガールフレンドだ。入って来て早々、ベンとクロエの熱い抱擁とキスが始まる。文化が違うとはいえ、この光景にはなかなか慣れないものだ。ベンが僕の方を向き、クロエに紹介する。「クロエ、こちら晶馬だよ。晶馬、ガールフレンドのクロエ。話はしてたよね」僕は、どうもと手を差し出し、クロエと握手した。そのあと、年齢やら、今はどこに住んでいるのやらの話をした後、晶馬に対するクロエの興味は薄れていった。手持無沙汰になった僕は、ギターケースの上に寝そべっていたトーと遊び始めた。トーはごろんと上を向いておなかを見せた。撫でてやると嬉しそうに尻尾をバンバン床にぶつけている。ベンが来てトーに触ると、トーはさっと起きてベンの足元をうろうろし始めた。「ちょっと、トーの用を足してくるね」と言って、部屋を後にする。クロエを残して。いよいよ手持無沙汰になった僕は、ギターを手に取り、考えていたフレーズを反復した。「晶馬もギターを弾くんだね」「そうだよ。クロエは何か演奏する?」「ううん、私はベンの弾くギターを聴いているのが好きなの。それの専門」と言って、にんまりと笑う。「ねえ、続きを弾いてよ」弾きづらいなあと思いながら、僕はフレーズを展開させた。思いのほか、いい曲展開になった。用を足し終えたトーを連れてベンが戻ってきた。「ギター弾いてたんだね。外まで聞こえてたよ」「音量が大きかったかな。ごめんね」「大丈夫だよ。ここはすぐ後ろが森だからね。セッションしよう」ベンはギターを手に取った。僕が弾いたフレーズを一周聴いた後に、ベンが合う音を重ねてくる。どちらかと言えば、ベンのギターはリード向きだ。反対に僕はバッキングの方がいい。その点でも相性の良い友人だった。いよいよ飽きて来て、ロングトーンから指を離す。ベンと僕は顔を見合わせて、笑顔になる。クロエの拍手。突如始まったセッションでありながら、なかなか良かったと思う。トーは尻尾をパタパタ振っている。クロエはその後しばらく、ベンの才能がいかに素晴らしいものかをとうとうと語ってきかせた。クロエの力説を聞きつつ、表現者の傍には、肯定し続けてくれるパートナーがいることは幸せなことだなとか、ぼんやりと、そんなことを考えていた。実際、ベンの姿あれば近くに必ずクロエがいたものだ。ベンと、遊ぶようになって一月が過ぎた頃、クロエも僕の勤務先、日本人オーナーの店で働き始めた。彼女はよほどベンの側にいたいらしい。晶馬が見る限りでは、オンもオフもすべて一緒。クロエはいいとしてもベンは疲れたりしないのかしら、という疑問は胸に仕舞った。クロエが来たことで、結果的に店には温かい和やかな空気がプラスされたので店にとって良いことだった。そういうことで、ベンと遊ぶということは、クロエと遊ぶことでもあった。その二人には、目を掛けて可愛がっている女の子がいた。クロエの妹、オリビアだ。

つづく(※平日の正午ごろに連載を更新します)

 (*The series will be updated around noon on weekdays * I stopped translating into English)

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