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連続小説MIA (86) | Chapter Ⅴ

意識してしまうくらいの視線だった。時折、欧米文化の感情表現は、日本人の僕にはややストレート気味に見えることがあるのだ。忙しく調理や配膳をしているなかで、ふと息をつき客席を見渡す。すると、僕の方を見ている女の子。追加オーダーの催促かと思い、ジェスチャーでオーダーですか?と尋ねると、そうではないと首を振る。オーダーならばウェイター係をしているベンの友人たちがいるから大丈夫だろうと思って気にも留めなかった。また忙しい時間が過ぎて、ふと息をつき客席を見渡すと、またさっきの女の子と目が合った。もしかして僕を見ている?いやまさか。意識してしまう自分が急に恥ずかしくなる。そのあとは、努めて目を合わさないようにした。あらかた調理と客席から引いてきた皿の片づけの目処がついたところで、僕もテーブルについた。さっきの女の子は、遠くの座席に座っていた。その女の子こそが、クロエの妹オリビアだった。後にクロエに紹介され、会釈をしたものの英語力に自信がない僕は彼女とほとんど話すことはなく、その場は流れていった。僕はそのことに安堵すらしていた。事実がどうだったか(つまりオリビアが僕に好意をもっていたのかどうか)は確かめていないものの、このころの僕には、どんなひとであれ他人からの好意的な態度を素直に受け入れることが出来ずに、どこかで恐れているところがあった。その傾向は、異性であれば尚更に表れた。斜に構えていたのだと、今は認める。僕は自分の意見や主張を出来る限りしなくてもよい方を選んできたのだ。その方が楽だし、無駄に傷つくことがないから、と信じていた。結果的に、その後、ベンジャミンの家で再会することになるまでの間、僕はオリビアに会うことはなかった。僕はこんな風に思っていた。この「今」は、通過するだけの場所である、と。冷淡にも思えるほど、自分には冷めた部分があった。けれども、いったい何を目指すのか?どこへ行きたいのか?と訊かれると、口ごもってしまうのである。ここではないどこかに、ただ憧れている。晶馬は自分自身でなにかを決めることを避けていた。ベンジャミンは、晶馬がそんな考えに囚われていることを知るはずもない。「オリビアはいい子だよ」と、ベンジャミン。晶馬は、なんと言うべきか迷ってしまった。

オリビアはなぜ僕なんかに興味を持っているのだろう。身近に日本人が珍しいから、だろうか。オリビアは僕がずっとシドニーにいるかどうか、を聞き出したいと思っている。僕は、ずっとシドニーに居るつもりはなかった。オーストラリアの東海岸を北上してケアンズに入り、ダーウィンから南下してエアーズロックに行く、というのがこの時点での目標である。どの場所にも長く滞在するわけではない。実際にそうであるように、通りすぎるだけの人物だ。僕にそれ以上の価値はないというのに。

つづく(※平日の正午ごろに連載を更新します)

 (*The series will be updated around noon on weekdays * I stopped translating into English)

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