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連続小説MIA (82) | Chapter Ⅴ

オリビアについて思い出すエピソードがある。ベンジャミンの両親が出張で不在であるのを良いことに、ベンジャミン宅でホームパーティをしようと誘われた時のことだった。唯一、成人している僕が代表してパブに2L入りの箱入りワインを買いに行った。予想通り、店主は訝しげに僕の顔を見ている。外国では、アジア人は実際よりも若く見られることは知っていた。だから、この日は身分証明のためパスポートを持ち歩いていた。パブの店主は僕が差し出したパスポートをまじまじと見る。ベンたちは、店の反対側の陰で僕を待っていて、僕が無事にワインを入手してくるのを見ると小躍りするほどに喜んだ。一行は住宅街に入ってもなお、パーティに対する興奮を抑えられないでいた。静かな夜に若者の興奮が際立っていた。道途中のレンタルビデオショップで、The Gooniesを借り、家に向かった。家に着いた頃にはすでに陽が落ちていて、玄関は木の陰にあり一層暗がりになっていた。ベンは鍵穴を探すのに手間取ったが、いよいよドアが開くと、犬のトーが嬉しそうに寄ってくる。僕のことも覚えているようだった。キッチンにベンとクロエが立ち、調理を始めている。見るからに、クロエはいつも以上に張り切っていた。冷蔵庫に入っていたビール(VBが僕たちのお気に入りだった)を開け、乾杯をする。テレビではちょうど、NRL(ナショナルラグビーリーグ)の試合が始まっていて、僕が応援しているカンタベリーバンクスタウン・ブルドッグスが敵陣に勢いよく攻めこんでいるところだった。試合が終盤に入る頃には、ベンとクロエもソファに座り、いい感じにひっつきあっていた。NRLの試合が終わると、アップライトピアノを開き、ベンと二人でジャズの連弾をした。コードを決めての即興の演奏だった。そこにいるほぼ全員がアルコールに酔わされていた。まともな演奏ではない。ろれつの回らない英語で、みんなが早口に話すものだから、僕は話の内容がほとんど理解できなくなっていた。ネイティブならではの言い回しや冗談が多く、もう、なにも理解できていなかった。そこにいる誰もが笑っているのに自分だけ理解できていない。ふと、どうしようもない疎外感を感じた。一度そう思ってしまうと、その考えは離れなかった。外国の友達と遊ぶことは、楽しいことばかりではない。言語の壁は高く立ちはだかる。音楽やTVという共有できる媒体があれば、なんとか話についていけるものだ。しかし、今は状況が違っていた。時計はPM11時を回ろうとしている。こんなに長く、外国人と目的なく過ごしたのは、もしかしたら初めてかもしれなかった。僕は、何度か煙草を吸うために屋外へ出ていたが、ベンの家の周りは街灯も少なく、真っ暗で、ベンの家から立ち去りたい、と思えども、慣れない道を歩いて帰ることに恐怖を感じた。帰るにも帰れず、仲間の話の輪にも入れない。アルコールが回っていることも手伝って、ベンの玄関先で僕は泣いてしまった。こんなことで、なぜ泣いているのか!自分を𠮟責しても状況は変わることはなかった。自分のメンタルのもろさに嘲笑しながらも、嗚咽は一向に止まらなかった。飲み過ぎたワインが嘔吐となって綺麗に刈り込まれた芝生に飛び散った。まったく救いようがないのだった。

つづく(※平日の正午ごろに連載を更新します)

 (*The series will be updated around noon on weekdays * I stopped translating into English)

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