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連続小説MIA (92) | Chapter Ⅴ

電子レンジで温め直した小籠包は出来立てのおいしさとはほど遠いものがあった。チャンに差し入れをするには気がひけ、結局、その晩ジェイコブとふたりで三人前の小籠包を食した。帰りに6缶パックのビールを買ってきてくれるところを見ると、ジェイコブの路上演奏はそれなりにうまく行っているらしい。時々チャンは店を留守にすることがあった。そのとき、晶馬に店番をさせた。報酬は一回40ドル。悪くない報酬だった。チャンが不在にする時間は長くても半日だった。店番のあいだ、僕は安っぽい椅子に座り挿しっぱなしのVHSを再生して古いフランス映画を見た。そんな折、配達を頼まれた。紙袋に入っていたVHSは、歴史ものの中国映画だ。渡された地図の通りに歩いていく。チャイナタウンのメイン通りから、(床屋のネオンサインが目印だった)細い脇道に入り、突き当りを右に曲がる。配管の上をネズミが走る。チャイナタウンの生活排水が全てここに染み出しているかのような小道を進む。時々ぶつかるT字路を野良猫が通りすぎていく。幾度か路地を曲がると雑草が生い茂った空き地に出る。地図に示された場所である。開きっぱなしの門をくぐると、ひっそりと家が建っている。ここは都心の中に存在しているぽっかりと開いた空間であり、チャイナタウンの喧騒も届かない。押しチャイムを鳴らしてみるが手ごたえはない。仕方なく玄関から声をかける。引き戸を少しだけ開けて、エクスキューズミー…と声をかける。返事なし。晶馬は軽く咳ばらいをし、大きな声で声をかける。すると、家の奥の方から、おおーい、と返事が返ってきた。しばらく待つと廊下のさきにある部屋から老人が顔を出す。老人は晶馬を手招きする。「カムイン(入っておいで)」僕は躊躇したものの、家に上がる。玄関から見える内壁にはそこにあるのが当然のようにシミがあり、経年のしるしを物語っていた。しかし室内を貫く廊下には、中庭から入る太陽の光で明るく、そして思いのほか、整頓された清潔な印象だった。招かれた部屋に入ると、ホコリと古い紙の匂いがした。

つづく(※平日の正午ごろに連載を更新します)

 (*The series will be updated around noon on weekdays * I stopped translating into English)

**シドニーチャイナタウン(中華街)の歴史**  

**シドニーに中華街が最初に現れたのは1900年頃で、当時はロックス・エリアにあったそうですが、その後、ダーリングハーバーのマーケット・ストリートへ。 1920年以降は、ディクソン・ストリート周辺に中華レストランが増え、現在のチャイナタウンへと発展しました。**

サポートありがとうございます。育ててみれば、そのうち芽が出るかもしれません。