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連続小説MIA (78) | Chapter Ⅴ

トウジは、晶馬の肩を叩いた。真っ黒に日焼けしていて以前は掛けていなかった眼鏡を掛けているものだから、晶馬は一瞬誰だか分らなかった。ヌーサで出会ってからすでに半年近い年月が経っている。人の見た目などすぐに変わるのだ。「元気だったか、斉藤君」そう言って嬉しそうに笑顔を見せてくれた。ピンチの場面で出会った恩人に、危機を脱した今こうして再会できることは晶馬を嬉しくさせた。二人でセントラル駅近くのパブに入った。晶馬がトイレに行っている間に、ビールを頼んでおいてくれる辺り、さすがである。すでにビールが届いていることに気が付いた晶馬が財布を出そうとすると、トウジは払わなくていい、これは僕が払っておくと言った。晶馬は、トウジに昨日の電話で、借りていたお金を返せるようになったこと、バンダバーグでの日々について軽く話をしていた。もしかしたらまた金の無心をされるのではないかと思われる可能性だってあった。トウジさんにいらぬ心配を掛けたくはなかったのだ。だから今日は、お互いの近況報告を兼ねた気さくな再会という段取りが整っている。さっそく、封筒に包んでおいたお金をトウジさんに渡した。4枚の50ドル札。借りたお金は100ドルだったが、出来る限りのことをしてお礼をしたいと考えた結果が倍にすることだったのだ。封筒を渡すと、トウジは「お疲れさま、よく頑張ったね」と言ってくれるのだった。封筒の中身を確認しようとすらしないトウジには感服したが、それ故にトウジはトウジなのだと思わされた。二杯目のビールは晶馬が払った。お金を受け取ろうとしない晶馬にトウジは困った顔をしたが、最後には、わかったわかった。このビールはご馳走になるよ、と言った。トウジは今、仲間と共にパラマッタに拠点を構えて、邦人旅行者向けのエージェントを設立する準備をしているとのことだった。会社設立のために各所へ奔走しているところだという。条例や法律などの話になって晶馬にはもう付いていけそうになかったが、トウジはできるだけ嚙み砕いて分かりやすく説明を続けた。晶馬は凄いなあと思うばかりで、トウジへの尊敬は益々深まるばかりだった。世の中には思いもよらないことを考える人がいるものだなあと、感心していた。トウジは生き生きと語り続けた。2,3時間に渡って話を聞いたころ、そろそろお開きにしようと言ったのもトウジだった。セントラル駅まで一緒に歩き、真っ黒に焼けたトウジの背中を見送った。晶馬は思った。僕は自分の人生で何に挑戦したいか。トウジの考えていることには、全然及びもしないし、同じ土俵に立てるとは思ってもいない。けれども、トウジに会うことで晶馬の心に火が付いたことは事実である。トウジと知り合ったことは偶然でしかない。晶馬は善き人々に恵まれている。そのことにただただ感謝した。このところ、満たされた生活が送れるようになってきているのは、只の運任せによるものではない。今いる場所に感謝することや、関りのある人々と向きあうこととか、不完全な自分を受け入れることに他ならないのではないか、と思うようになっていた。ぐうっと、お腹が空いてきた。今夜の晩御飯はジェイの好きな小籠包をテイクアウェイで持ち帰ろう。それと、どんな反応をするかわからないが、チャン(フレッドおじさん)の分も買って帰ろうと思ったのだった。

つづく(※平日の正午ごろに連載を更新します)

 (*The series will be updated around noon on weekdays * I stopped translating into English)

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