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連続小説MIA (89) | Chapter Ⅴ

休み明けの勤務が始まり晶馬はいつもの日常に戻った。週末にはまだ早い木曜日、店の厨房でディナー営業の開店準備をしていると、ひょこっとエプロン姿のオリビアが現れた。「晶馬、今日からよろしくね」僕はとても驚いた。オリビアは来月から働くんじゃなかったっけ?オーナーがやってきて、そういうことだからよろしく、と僕の背中をぽんと叩く。何がそういうことなのか。しばらくして出勤してきたベンジャミンがオリビアと話をしている様子を見ていると、どうやら僕だけが知らなかったようだ。その日から、オリビアは店に出勤するようになった。晶馬とオリビアとの間にある不思議な友情は存在したままだったが、仕事を挟むことで、話す機会は格段に増えた。意図せずふたりきりになることもある。たとえば食卓に使うナプキンやクロスなどの備品がしまってある場所を教える時だったり、空になったワイン瓶を店の後ろに一緒に運んだりする時だ。そんな時に、オリビアは勉強の進み具合や将来の進路のことを話した。高校生である彼ら(オリビアをはじめとしてベンやクロエも)は、店の営業時間であっても勤務を早くを切り上げて帰ることになっていた。大体、17時〜21時が彼らの勤務時間だった。平日でも大抵二人か三人のホール係が入っていたから、いつもオリビアは、ベンやクロエ、そのほかの高校生と一緒に帰ることになる。しかし、この日は違った。ベンが風邪をひいて急遽欠勤となって、オリビア一人が出勤をした日だった。幸い平日の中日だったから、僕をはじめとする厨房係もホールをサポートしながら、店は難なく閉店時刻を迎えることができた。20時45分過ぎ。閉店は22時だが、最後に食事をサーブしたお客様も食べ終えているようで、そろそろ帰り支度の雰囲気があった。今夜は早めに店を閉めようか、とオーナーが言う。僕が皿洗いをしていると「オリビアを駅まで送ってやってくれるか?年若い女の子を一人で歩かせるわけには行かんだろう。(まだ洗えていない皿を見て)残りは私がやっておくから。晶馬も上がっていいよ」オーナーにそう言われると、そうする他ないような状況になった。わかりました、といって僕は腰エプロンを外した。こっちを見ていたオリビアに、着替えてくるから店先で待ってて。と伝える。洗顔し、調理の汚れを落とす。石鹸でしっかり油汚れを落とした。勤務中に着ていたシャツを脱いでナップサックに入れ、持ってきていたTシャツに着替える。店先に戻り、「お待たせ」というと、オリビアは照れたような表情で「ううん」と言った。その表情をみて僕は、オリビアとは友達なんだから、と気を引き締めた。歩きながら、夜の街を誰かと歩くのは久しぶりだな、と思っていた。暗く狭い歩道を歩いていると、手が触れそうになった。何も話さないまま、あっという間に駅に着き改札の前に立ったオリビアは、こっちを振り返った。「バイバイ」とはにかみながら手を振った。その表情をみて、オリビアとは友達なんだぞ、と晶馬はもう一度、心で唱えた。

つづく(※平日の正午ごろに連載を更新します)

 (*The series will be updated around noon on weekdays * I stopped translating into English)

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