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連続note小説「MIA」

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連載小説:MIA(Memories in Australia) 【*平日の正午ごろに連載を更新します】  22歳の青年・斉藤晶馬は、現実から逃避するように単身オーストラリアへ渡っ…
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#青春

連続小説MIA | Memories in Australia.

 物語の舞台は2007年のオーストラリア。22歳の晶馬は、どこへ行き、なにを感じたのか?常に不安定な若者だった僕。今となっては、おぼろげな記憶。改めて掘り起こす記憶の断片。異国での十分な資金もない生活、日銭を稼ぎ続けることで糊口を凌いだ日々。それぞれのエピソードが繋がったとき、どんな物語になるのだろう。ぜひご一緒に。(※この物語は実話に基づいたフィクションです) Where did Shoma go and what did he feel when I was 22 ye

連続小説MIA (49) | Chapter Ⅲ

あてがわれた仕事内容は農地整理というものだった。詳しいことは現地で聞けと言われ、明日の朝5時にロビーに集合することになった。そこで晶馬が所属するグループは解散した。周りを見渡すと、他のワーカーたちはすでに思い思いに過ごしており、その雰囲気は学校かあるいは修学旅行の宿泊先のようだった。晶馬は、ようやく居場所が定まったような気がしていた。日本にいた時は仕事や学校に行かなくてはいけないことに対して、憂鬱になることもあった。明確な明日の予定を持っていることは、自分自身を束縛されること

連続小説MIA (50) | Chapter Ⅲ

翌朝、目覚まし時計の音で目を覚ました。この卓上時計はシドニーの3ドルショップで買った安物だが、びっくりするくらい音量は大きい。晶馬は慌ててアラームを止めた。時計の針は4時31分を指している。薄暗い朝の気配のなかで部屋を見渡すと、すでに向かいのベッドには人がいないようだった。洗面道具をもって慌ててベッドを降りた。洗面所はやはり混雑している。室内には5、6人がいた。この宿にいる人種は様々である。アジア系、ヨーロッパ系、ヒスパニック系に分けられた。インド系やアフリカン系は少数だった

連続小説MIA (51) | Chapter Ⅲ

バンダバーグの町の中心からどんどんと遠ざかっていく。我々はどこへ連れていかれるのだろうか。乗せられたピックアップトラックの荷台にはシートベルトはもちろん座席もないものだから、カーブの度に振り落とされないようしがみつくほか方法がない。車は10分ほど走り続け、完全に町の中を抜け出していた。風景は緑とも茶色ともつかぬ淡い色彩にあふれていた。広大な大地、すべてが一枚の布のようだった。トラックは畑の中のただ一本の道をひた走っている。流れていく景色は見えるものの、車の正面はキャビンが障害

連続小説MIA (52) | Chapter Ⅲ

彼の名前はサルーと言った。サルーはよく日に焼けていて長身の体はより一層細長く見えた。鼻が大きいことを除けば端正な顔立ちの若者だったが、人を見つめる時の眼差しには粘りつくような冷淡さが見え隠れする。晶馬はすこし彼と距離を取っていた。だからこそ、サルーに話しかけられたことには驚いていた。「俺さ、カナダに彼女がいるんだよ。俺は彼女のことが好きなんだけど、たぶん彼女には好きな男がいるんだよね」彼は突如として語りだす。「俺の前に付き合ってたやつで、ひどいやつなんだ。泣かせてばっかでさ。

【完】連続小説MIA (95) | Chapter Ⅴ

フレデリックのことを話すミン爺さんを見ながら、僕は僕の父親のことを思い出した。父は僕が外国に行くことをすごく喜んだ。日本を発つ前、まるで自分が旅へ行くかのようにうれしそうにしていた。父親になるということはどういうことか、僕は知らない。ひとり息子を想う親の気持ちを、この耳で直接聞いたことはない。放任主義なのだと信じ込んでいたが、本当は息子との距離感に困っていたのかもしれない。家に帰ると、僕の父親は、いつも何かしらの本を読んでいた。父のシングルソファの後ろには、たくさんの本が平積