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わだつみとタカラガイ

 半島の南に、ビーチコーミングのできる浜辺がある。
 コロナ禍でどこにも行かれない時期、貝殻拾いに夢中になったことがある。

 かつて、私の職場にひどいつわりで体調を崩している人がいた。
 妊娠初期でとうとう仕事に来れなくなってしまった。
 ある時、浜辺を訪れると、珍しく綺麗な貝殻がたくさん採れた。
 中でも、多く拾えたのはタカラガイだった。
 波打ち際に、きらりと光るものを見つけ、拾い上げると、大粒の、まさに今波が運んできたばかりのものだった。それはつやつやと、海水に濡れていた。
 ふと、ピンと来て「あぁ、これをあの、つわりで苦しむ人にあげよう。きっと良いお守りになる」と思い付いた。
 浜辺に来る前に、ちょうど海神の神社にお参りしたのだ。
 神様が、苦しむ人にあげるためにくださったのだ、と感じた。

 タカラガイは子安貝とも言う。
 古くから、子宝や安産のお守りとされてきた。
 もし、手にする機会があれば、ご覧になってほしい。
 貝殻を横から見ると、妊婦の腹の盛り上がりとそっくりなのである。
 口の部分は、女性器に似ているとされている。産道、という訳だ。

 オーガンジーの巾着袋に大小のタカラガイを入れて、翌日、彼女の手元に渡るように手配した。
 こんなもの貰ったことがない、と彼女は感激してくれた。
「これを手にしていると、心がすっと軽くなります」
 手紙もくれた。
 それからも、苦しんだものの子供は無事に生まれ、先日も2人目を出産したと聞いた。

 今、職場で気が合う人は、新婚である。年齢的にも、早く子どもが欲しいそうだ。
 ある休日、海辺に出かけた。
 カフェに立ち寄り珈琲を飲んでいると、マスターが話しかけてきた。
 手作りの観光マップを差し出して、「この近くにきれいな浜がある。車をうちに停めたままでいいから、見てきたらどうですか」と教えてくれた。
 浜辺にたどり着くと、色とりどりの貝殻が打ちあがっていた。
 タカラガイもあった。
 その日は、大中小、色もすべて違う、3つのタカラガイを拾うことができた。

 あぁ、またこれを必要とする人にあげよう、と思った。
 きっと、彼女は近いうちに子供を授かるのだろう。
 なぜなら、3という数字は産を表しているのだ。
 そして、女性のシンボルであり、縁起の良い数字だ。

 そして、教えてあげなければ、わだつみの言葉を。

 この、3つの貝殻のように、人はみなそれぞれ違った形で生まれてくる。
 しかし、どのような姿かたちでも、きっと尊い美しい命なのだ。

 唯一無二の自分の子を、自分が生んだ大切な命を、愛しなさい。

 海神はそう教えてくれたのである。

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