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配られたカード

皆様、GWはいかがお過ごしでしょうか
空気が乾燥してますので、体調にどうかお気を付けくださいね

さて今回は久々のシナリオを書きました。

3,000字あるので少し長いですが、スキマ時間に少しずつ読んで頂けると幸いです。

では本編へ参りましょう。


ポーカー

トランプが5枚配られ、「役」を競う。
いわゆる一般的なポーカー。

子どもの頃はよく遊んでいた。

今は朝から晩まで働く毎日、すっかり社会の一部となった。

これが社会人なんだ。と何度も自分で背中を押していた。
常識ある25歳は皆、こうやって耐え忍ぶものだ。
親や世間様はそう声を掛けてくる。

理解はしている。
自分が選んだ道なのも分かっている。
だが、自分には何が出来るだろうか?

代えがきくポジション、個人を必要としない社会。
誰でもいいだろう。
こんなにすり減らし、何のために頑張るのか。

この「考え込むクセ」が自分の足をよく引っ張ってしまっている。

本当に嫌気がさしているのは「自分に」かもしれない。


退職届

気付いたら提出していた。
これからの流れは、追って連絡するとのこと。

理由を聞かれたが、やりたいことが見つかったと嘘をついた。
この場面で本当のことを言う人間はそう居ないだろう。

なぜなら「社会とはこうあるべきだ」というルールから逸脱する理由が大半だからだ。

嫌気がさした。なんて馬鹿正直に言える訳がない。

一本の電話が入った
人事:離職票もその際にお渡しするので、一度いらしてください。

正直退職する意向を伝えた後に行くのは乗り気ではない
人事:社長がぜひ話をしたいと言っていまして…。

!?
普段忙しくめったに顔を出さない朝比奈社長。
接点はおろか、顔すら覚えて貰えてないはず。

色々な考えを広げたが答えは出せず、当日を迎えた。

配られたカード

翌日、社長室まで案内された。
ドアを開けた先には朝比奈社長が座っていた。

朝比奈社長:すまないね、わざわざ来てもらって。こっちに来て座ってくれ。

意外と気さくに話す方でおどろいた。
細身で白髪がちらほら生えているせいか、実年齢よりは上に見える印象

失礼します、と一礼し正面に座った。
秘書の方が紅茶と受け菓子を出してくれた。

社員ではなく、客としてここに案内されている。
つまり退職の人事は通ったのだと内心安心した。

だがなぜだろう。
わざわざ代表自ら対応する意味とは…。

朝比奈社長:トランプはたしなむかい?
微笑みながら聞く社長。

え?ああ、昔はよく遊んでましたが最近はめっきり

朝比奈社長:そうか、ではポーカーは知っているかな?手札が5枚の一般的な方のやつだ

トランプを持ってくる社長

はい、存じ上げております。

朝比奈社長:良かった、では一戦相手してもらえるかな?そうだな、ただやるんじゃ面白くない、賭けをしよう。負けた方は勝った方の言うことを1つ聞く、それでどうだい?

いきなりどうした、と正直思った。
私は何も持っていないし、社長の望むことを出来る人間ではありません。

そう伝えても社長は笑いながら、まぁいいから、途中で勝負を降りたら賭けは無しだと、半ば強引に引っ張る。

疑問は浮かんだ。
だがその温かく気さくな雰囲気に飲まれ、勝負を受けることにした。

朝比奈社長:じゃぁまずはカードを配るよ。

カードが1枚ずつ交互に配られ、お互いに合計5枚手札がある状態になった
自分の手札は、3、5、9、11が2枚、つまり既にワンペアだ。

朝比奈社長:いやぁ久々にこんなゆっくりとした時間を過ごすよ。さぁ親は私だから君から引いてくれ。

3、5、9を捨て、3枚引く
1、6が2枚、手札と合わせると計ツーペアだ。
まぁこんなものだろう、ポーカーというのは。

では社長が次にお引きください。

朝比奈社長:いや、私は結構だ。

そこには先ほどまで居た温厚なお年寄りはいなかった。

朝比奈社長:ところでいいのかい?これはゲームとはいえ勝負だ、男のね。そんなに空気に出していては負けてしまうよ?

空気の変わり様に驚きが先行し、話が出来ずしどろもどろになっていた

朝比奈社長:私はこの手札で引かずとも結構だ、だが君はまだ勝負をしていなかった。真剣に、もう一度覚悟を決め、引きたまえ。

圧倒された、その雰囲気や顔つきに。

はい、失礼しました。

空気に飲まれたが、冷静に。
あの自信と変わり様だ、相当な役に違いない。
全体を分析するにまだ後半の数字が出る確率が高い、勝負は十分できる。

今持っている役を捨てるのはもったいない。
1を捨て、1枚引く。
11がきた、スリーカードとワンペアで合わせてフルハウスだ。
申し分ない、必ず勝てる。

朝比奈社長:良い手札が揃ったようだね。

社長は冷たく恐ろしい雰囲気でこちらを観察している。

もちろん、悟られぬよう全神経を集中している。

朝比奈社長:全てを賭けこのまま勝負をするか、どちらかが負けを認め、降りることで賭けも無くこの場は終わる。さぁどうする。

社長は目をそらさずにただじっと見ていた

自分も負けじとそらさずにいた。

時間が経つにつれ、少し自分の手札に自信が持てなくなってきた。

社長は相変わらずこちらを見続けている。

裏付けされた自信、経験、雰囲気
色々な考えを走らせる状況の中、ただ1つ頭に浮かんでいた。

負ける。
きっと負ける。

しばらく手札と社長を目で往復した。
冷や汗と共に、やっと言い出せた。

参りました、勝負を降ります。

手札を見せ、頭を下げる。

朝比奈社長:そうか。お~これはまた随分強い手札だったね。

朝比奈社長もカードを場に出した。

なんと、社長の手札には何一つ役が揃っていなかった。

一瞬目を疑った。
ハッタリで勝負に出るにしても程がある。

朝比奈社長:そう、私に配られたカードには何の役も無かった。だが勝負には勝った。この手札でね。

朝比奈社長が立ちあがり、窓の外を見る。

朝比奈社長:私も若い時はよく葛藤していた、自分の必要性、持っているものの小ささ、更には持病も持っていてね。

こちらを笑いながら振り返る社長。
そこには最初の温かい社長が居た。

朝比奈社長:君は若いのに、物事を冷静に判断が出来る。追い詰められた場面でもその冷静さは失わず、一度抜いた刀をおさめる勇気がある。まさに今君が持っていた強い手札だ。

改めてテーブルのお互いの手札を見た。

朝比奈社長:私は見ての通り、自分の手札は弱いが、幸せなことに君たちという強い役が揃っていてね。みなに恵まれている事にすごく自信があるんだ。

社長は自分の所へ歩み寄ってきた。
自分はイスから立ち上がった。

朝比奈社長:大切なのは配られたカードをどう使うか。じゃないのかな?

社長は肩をポンとたたいた。

負けていた、全てにおいて。

弱さは強さにも出来る、足りなかったのは変換。
使う場面により応用を利かせることだった。

社長、勝負は降りましたが、何か出来る事はありませんか?
賭けは無くなってしまいましたが、負けは負けです。

社長は笑う。

朝比奈社長:そうだな…でも私は何も要らない。君がこれからも元気にしていてくれることを切に願うよ。

やはり自分にはこの方の望むものは与える事が出来ない。
どうすればいいのか。

朝比奈社長:今日は時間を割いてもらってすまなかったね、とても楽しい時間だった。そろそろお開きにしよう。

社長はドアを開けた。

退職届…
自分が出した退職届はまだありますか?

朝比奈社長:ああ、これかね
社長はデスクから持ってくる。

遅いかもしれませんが、人事に取り下げてもらうよう話してきます。

社長は嬉しそうに笑う。

朝比奈社長:そうか、私からも話を通しておこう。でもいいのかね?この会社に思う所があるのだろう?

いえ、思う所があったのは自分に対してでして、そこもどうしたらいいか、社長が教えて下さったのでもう大丈夫です!

今日は本当に貴重な時間を頂いてありがとうございました!
勉強になりました。

自分が持てる全てを乗せ、一礼をした。

朝比奈社長:これも君が持っていてくれ。
社長はさっき使っていたトランプを渡してくれた。

朝比奈社長:またいつでも来なさい。私はここで君を待っているよ。君が次にどんなカードを持っているか、楽しみだ。

込み上げるものを必死にこらえた。

では失礼します。
また一礼をした。

そして受け取ったものを手に、また歩き出した。


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