短編:陽だまりの潜室(君を想うということ。)
痩せ細りくたびれたその背中を安楽椅子に預け、歴史家は長い夢を見る。
ニューオーリンズの湖畔に相応しい風体の平屋には、温室を望む大きな窓が備え付けられている。
内壁に備付けられた書架には、所狭しと先人たちの「記憶」が詰め込まれて。
瞳をとじれば、自身で閉じ込めた世界の「記録」たちが、耳元を撫ぜるように息づく様子を、そっと感じて。
***
【記録:誰かの為に生きるということ。】
あるいは、それを誰かの為に捨てるということ。
それは、他の誰でもなく、自分自身が望んだことだということ。
「勝ったと思った、でしょう?」
「その浅はかなエゴで救ったものを、君は放棄する、というのだから。」
「いつしかそれが君に牙をむくことも、君は受け入れなくてはいけないよ。」
「その浅はかなエゴに巣食ったものが、君に蜂起する、というのだから。」
【記録:天使は笑った、人々の最期を手にして。】
言葉は絶えず繰り返すのだと、神父は最期に言い残した。
いつか救われる日が来るのだと、牧師は神槌を受け入れた。
「教会の窓辺には天使が棲んでいます。」
「決して笑うことのない、穢れなき身体の天使が。」
その夜、災禍の少年は天使を犯した。
マナ。どうか最後には、あなたに笑っていてほしい。
きっとそれが、竜の望む終末だから。
きっとそれは、僕を除く結末だから。
【記録:かつて名の知れた支配者】
響く鎖の音と共に、姿を表した男。
誰も名前を知らない。酷く得体の知れない。
曰く、地平を均した男。
曰く、知性をあらしめた男。
「其の者に死を!見紛うことなき断罪を!」
「其の者に赦しを!道惑うことなく救済を!」
老いた審判は振りおろす、その槌で。
「ならば石を投げよ。罪を犯した事のあるものだけが、罪の重さを知るのだから。」
【記録:ハロー。グッドバイ。】
着火、カウントダウン。
落下、動乱のダウンタウン。
その日、僕は丘の上で夢を描いていた。空を描いていた。
遠く遠く、町外れの機械塔から、火球がゆっくりと上っていく。
それはまるで、映画で見た行軍の礼砲のようで。
きっと彼らは、鉛玉がめり込んだ月を持ち帰るのだと、僕は信じて疑わなかった。
「今朝未明、国連は✕✕✕✕が新型核弾頭の発射準備に入ったと発表し━━」
「━━ホワイトハウスは迎撃ミサイルの発射準備を整えるとともに、万が一の場合、速やかに報復行動に出ると警告しましました。」
***
革命家は夢を見る。くだらない理想を語る。
バラードばかりのラジオからは、知らない国の昨日が聞こえている。歴史家がゆっくりと身体を起こすと、溢れ落ちた数滴の雫が床を濡らした。
失った青年を。身籠った少女を。枷鳴らす老体を。夢見る少年を。そして、愛するあなたのことも。
それはきっと、紛れもない史実だった。
そしてきっと、生まれて間もない喪失だった。
歴史家は密やかに書き記す。
それはきっと、あなたの。
あなただけの。
***
【New Release】
セキエイカズラ / Gedature×椎名ざらめ
【New Release】
sunnyside chamber(A historian dreams.)
“That's one small step for man, one giant leap for Mana.”
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