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短編:茨の呪術

苔生す石煉瓦と葦のそよぐ箱庭で、私は茨の声をきく。
頬を撫ぜる風は夜を孕み、乾と湿を擁したまま、それを遠くへ運んでいく。

庭の対角、イチイの木の傍らで、伏した黒く大きな犬は、淡い獣の情想に耽る。
前髪の隙間から彼を一瞥し、小指の先でハッカ油を掬いとる。地に伏してなお、依然として彼の優位は揺るがない。

カンテラに油を注ぎ、スズランに革の背表紙を携えて、私は茨の杜へと歩を進める。
枝葉の隙間から。雪溶けの小川から。枯木の洞から。苔生した岩の裏から。
薄靄のような光が集まり、悪戯な笑みでもって、私の行く末を照らす。

***

彼らを信用してはいけない。彼らを頼ってはいけない。彼らを敬ってはいけない。
悪戯な彼らは朴訥を愛し、巧言で拐かし、人々を下す。
人倫の類を介することなく、彼らは人よりずっと自由にこの世界を飛び回る。
そうして彼らは、悪意の種を 人知れず蒔く。

ドミノの欠片を倒すように。
気球の籠で踊るように。
灰の目に凭れるように。
翅ある獣の甲を浸すように。

世界から逃れた人が、その心を閉ざすように。
血塗れの少女が、杜で踊るバレエのように。
綺麗な物をなくした子に、諭すように。
愛する世界を失い、ただ狂い叫ぶように。

***

イラクサとノイチゴ、ヤドリギの実を鍋に浮かべ、イチイの枝でそれを攪拌する。ハッカ油を一滴垂らし、呪いの句を連ねる。

望郷の詩に形ばかりの祈りを重ねて。
茨の寵愛をその一身に受けて。
紺碧の瞳に憂う色を微かに湛えて。
完璧な庭に赫く濁った色をひとつ落として。

想いは募る。
小鳥は祈る。
言葉を紡ぐ。
光を遮る。

想いは、そこに有る。
ただ、陽だまりの中に有る。

かくして、呪いの句は時をまたぎ、海を東に渡る。
存在しない、"あの夏"を想う。

人を愛した稲荷の少女は、まだ、きっと、きっと。

薄汚れた鳥居の下で、"彼"を待っている。

***

Sloyd Node 1st album「虚構の庭、完璧な塔、螺旋の撞着」 - track5 「茨の呪術」より

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