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(第26回) 男の子だけがなる病気!?肛門周囲膿瘍

今回は、僕がした研究…というわけではないですが、総説として論文を書いた、肛門周囲膿瘍のお話です。

病気には性差というものがあり、男の子しかならない病気、女の子しかならない病気があります。
当たり前じゃないかと思うかもしれません。
だって、精巣や陰茎は男の子にしかなく、卵巣などの婦人科臓器は女の子にしかありません。

しかし、そういうわけではなく、一般的な臓器に起こる病気にも性差というものは存在します。
僕はこういうのを見るといつも不思議だなぁって思います。

成人の病気でももちろん、「この病気は男性がなりやすい」とか「女性がなりやすい」というものはあります。
そこには必ず、これまで生きてきた生き方が影響するので、「後天的な影響」を受けることになるのです。
しかし、赤ちゃんであればあるほど、そのような後天的な影響はほとんど受けていないことになります。
それなのに、なりやすい病気に純然と性差がある。それも病気によってはとてつもなく。
なんででしょうね。

そんな性差のある病気の中の最たるものが、肛門周囲膿瘍です。
いきなりおしりの写真で申し訳ないですが、赤ちゃんなので許してください。


肛門周囲膿瘍

おしりの穴の向かって左側が、ぶっくりと腫れていますね。
もう少しで破れて白い膿が出てきそうです。
医者は肛門に相対して時計に見立てて所見を言いますから、この場合は「9時方向に膿瘍形成を伴う発赤腫脹がある」ということになります。

赤ちゃんの肛門の周りが腫れてしまうこの病気ですが、メチャクチャ特徴的なことが多すぎです。
第一に、ほとんど(98%くらい)男の子がなります。
そして、時計に見立てて3時と9時方向が腫れます。
1歳まで(2歳になるまで)の病気で。その後はほとんど起こりません。

なんだそりゃ…?
と思いますよね。
小児外科…というか、生まれつきの病気や生後間もなくの病気には本当に特徴的なものが多く、なんでそうなるんだろう…?と思うものが多くあります。
それを「まあ、そんなものなのか」と納得するか、
「えぇ…?なんでだろう…?」とひたすら調べたくなるかはその人次第ですね。

僕は全然納得してませんが、自分が進めている研究だけでもうおなかいっぱい状態なので、ここは今後の研究が解明してくれるのを待ちたいところです。
現在の説を紹介しましょう。


肛門の構造

肛門の内部には肛門腺(こうもんせん)と呼ばれる構造があります。
腺というのは液を出す構造ですね。
例えば唾液腺は唾液を出します。
肛門腺は肛門の周囲を少し湿らせてくれて、排便などを助けてくれる役割をしています。
その肛門腺が細菌感染をきたし、腫れあがるのが肛門周囲膿瘍です。


肛門周囲膿瘍

自然と良くなることもありますし、先ほどの写真くらい腫れあがると、皮膚が破れて排膿するのも近いな…という印象です。
「膿を出し切る」という言葉にもある通り、膿がしっかり出きってしまえば炎症はよくなりますので、治癒へと向かっていきます。
きちんと清潔に保つことはもちろん重要です。

この肛門周囲膿瘍ですが、何度も何度も繰り返していると…


痔ろう

完全に肛門腺の部分から表面の皮膚までトンネルができて、ここから便が勝手に染み出るようになります。
痔ろうですね。
最近の肛門周囲膿瘍を簡単に紹介したHPには、「子どもでは痔ろうになることはまれ」なんて書いてあるものも散見されますが間違いです。
僕は昔何人も見てきました。手術もしてきました。
しかし現在ではいい治療が出てきましたし、治療方法もよく知られるようになってきたため、かなり少なくなってきた…というのが正しいところですね。
乳児痔ろうになると、とても見た目が激しい手術をしたりするので、舐めてはいけません。

なんでこんなことになるんだろう…という話でしたね。

①原因
小さな男の子はまだ免疫の力が弱いため…とされています。
なんじゃその、ふわっとした理由は。
ですよね。僕もそう思います。

佐伯 勇ら: 特集 小児外来必携 お子さまの病気を専門医がわかりやすく説明します(Ⅱ) 肛門周囲膿瘍,乳児痔瘻: 8カ月の男児です。ときどき肛門のそばが腫れて膿が出ます 小児外科 49(1) 50-51, 2017.

論文で解説までしておいてなんじゃそりゃと思うかもしれませんが、
なんで1歳~2歳までの男児が、女児と違って肛門周囲膿瘍を繰り返すのか。
本当に免疫が弱いのか。免疫が弱いとしてもなぜ肛門まわりでだけこんな病気を起こすのか。
全然分かっておりません。
便がゆるいせいだとか、アンドロゲンというホルモンのせいだとかいろいろ説はありますが、決め手に欠けます。これらの説も、2000年より前の論文ですからね。
なぜ研究が進まないのか。
これは、肛門周囲膿瘍自体が命に係わる病気ではなく、もともと2歳になるとあまり発症しなくなること。そして、最近治療がしっかりしてきて、あまり重症化しなくなってきたことが関連しています。
医学において研究が進むのは、往々にして難しい病気です。命にかかわるような。
そのうち治る病気を頑張って研究する人って少ないんですよ。
でも知りたいなぁ。
誰か研究してくれませんかね。

②治療
この病気は、ここ20年でがらっと治療の常識が変化しました。
なので、最近の治療を勉強していない医師にかかると、大昔の治療をそのままされたりするのでご注意下さい。

昔は、肛門周囲膿瘍の男の子が来たら、おしりを切って膿を出し(切開排膿)、抗生剤を処方していました。
今は、よほどでなければ切開しませんし、抗生剤なんて処方しません。
漢方薬一択です。

・切開排膿の意味 (推奨なし・むしろやめるべき)
切開して膿を出すのは、早く炎症を抑えて痛みを軽減するためです。基本的に放っておいても自壊(勝手に膿が出る)ものを無理やり切開したり、押さえて痛がらせて膿を絞り出す意味はまったくありません
自分で考えてもみてください。
痔でお尻痛いのに、ぎゅうぎゅう押さえて膿を絞られたらたまりませんよ。
赤ちゃんは痛みをより感じやすいのですから、そんな拷問みたいな真似をしてはいけません。
僕が切開排膿をすることがあるとすれば、あまりにもおしりが腫れあがって、排膿させないと赤ちゃんがきつそうだな…というときに限ります。
もちろん局所麻酔をしてから行います。

・抗生剤の是非 (推奨なし・短期間に限るべき)
抗生剤の内服は、全身に熱があるとき数日間という限定なら意味があるでしょう。しかし、高率に下痢になり、それによって肛門の安静と清潔が保たれずに悪化することがありますので、出すとしても短期間。そして整腸剤の同時投与が必須です。
ちなみに塗り薬の抗生剤はほぼ無意味です。

・漢方薬 (推奨〇)
肛門周囲膿瘍の治療は、漢方薬が効く!と知られ始めてから劇的に変わったのです。広まったのは2000年頃からでしょうか。
最初は「十全大補湯」という漢方が効果があると報告され、これを飲み続けていると肛門周囲膿瘍になっても軽症で終わり、すぐ治癒することが分かりました。
当初は半信半疑の声もありましたが、あまりにも劇的に効くのであっというまに小児外科の中では全国に広がり、今では痔ろうの手術が信じられないくらいに減りました。
(さっき「最近の肛門周囲膿瘍を簡単に紹介したHPには、「子どもでは痔ろうになることはまれ」なんて書いてあるものも散見されます」と書いたのはこの結果ということですね)
漢方薬というとみなさん多数の誤解があります。
中国の治療だとか、エビデンスがないだとか、味がまずいとか、ひどいものでは民間療法の1種と思っている方もいます。
そんなことはありません。
日本の漢方は江戸時代ごろから日本独自の考え方で発展してきており、今では多くの論文で効果が証明されています。
だから保険診療で使えるんですね。
味に関しても、みなさんが想像するえっぐいものももちろんありますが、甘いものも多くあります。
特に十全大湯のようにの文字がついたものは、免疫や体力が落ちた患者さんの体力を回復させる目的のお薬であり、あまりえぐくありません。
子どもによってはおやつ感覚でそのままポリポリ食べる子もいるくらいです。
とてもよく効く漢方なのですが、注意があります。
最初は「十全大補湯」が効くというだけだったのですが、途中(2010年ごろ)から「排膿散及湯」も効果があることがわかってきました。
しかしこの漢方は、用途が違うのです。
排膿散及湯という漢方は、熱があり、膿が貯留している状態に対し、排膿を促す役目があります。
これにより、切開しなくても自然な排膿を促し、早期に治癒させることができます。
しかし、十全大補湯とは異なり、免疫を強める効果はありません
なので、排膿散及湯を肛門周囲膿瘍の初期に使用して、1週間程度で十全大補湯に移行していく…というのが正しい使用法なのです。
これを理解せずに、漫然と排膿散及湯だけ出す医者もいて、とても困りものです。
排膿散及湯って葛根湯とかと同じ、熱が高く出るいわゆる「陽証、実証」の人に出す漢方なので、不味いし、本来免疫が虚弱な肛門周囲膿瘍の子にずっと出すと、体に合いません。
せっかくいいお薬も、勉強不足の医者が使うとダメという典型ですね。

・清潔(推奨 ◎)
これはとても大事です。やはり、肌荒れしたおしりには菌が多くなり、新たな感染のもとになると考えられます。
肛門周囲膿瘍を発症する子は2歳未満なので、もちろんおむつ生活です。
おしっこというのは排尿されてからしばらくしてからアンモニアの作用でアルカリ性になっていき、次第に肌荒れを引き起こしていきます。
しかし、ウンチは出た瞬間からアルカリ性であり、肌荒れを引き起こしていきます。
便が出たままの状態をなるべく短時間にすることはとても大事です。
便が出たら人肌くらいのお湯で流し、おしりふきで拭くのですが、なるべくこすらないように、押さえるような拭き方をするのがベストとされています。
そして特に!まだ男女ともに育児に同じように取り組む時代になってきたとはいえ、おむつ替えをすることは多いのはまだお母さんです。
女の人が男の子のおむつ替えをしていると、自分にはないものがそこに…。
玉の袋をぺらっとめくると、そこにウンチがついていたりはとてもあるあるなのです。
僕は保護者のかたに肛門周囲膿瘍の清潔指導をするときに、「ほおずりできるようなおしりを目指しましょう」と言っています。まあ、実際にしなくてもいいですけど。そのくらいきれいに保った方が、改善が見込めるのです。

・浣腸(時折推奨)
下痢や頻回の便でおしりが荒れがちになり、肛門周囲膿瘍も治らない…というお子さんは少数ですがいらっしゃいます。
そんな時にはおしりのケアを兼ねて浣腸を勧めます。
「え…?ウンチ出て困ってるのに更に浣腸?」と思うかもしれませんが、これが効果があるんです。
浣腸するとある程度まとまった便がその瞬間に出てすぐおしりのケアができ、その後しばらくは便が出ません。
これを「ドライタイム」と呼び、この時間で肌が守られるという考え方ですね。
そういう意味で、浣腸も時折出番があります。

といった治療が現在の推奨の治療法になっています。
なので、肛門周囲膿瘍で病院にかかって、切開排膿されて抗生剤だけ処方され、膿をひたすらしぼり出すように指導されたとしたら…
それはあまりに昔のやり方なので、ちゃんと現代風に漢方を処方してもらうように、お願いしてみたほうがいいかもしれません。

本研究内容補足事項
<論文>
佐伯 勇ら: 特集 小児外来必携 お子さまの病気を専門医がわかりやすく説明します(Ⅱ) 肛門周囲膿瘍,乳児痔瘻: 8カ月の男児です。ときどき肛門のそばが腫れて膿が出ます 小児外科 49(1) 50-51, 2017.


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