四挺拳銃

『四挺拳銃の男に気を付けろ』。ここでまことしやかに囁かれる噂話だ。一挺ではとても敵わず。二挺でもまだ足りぬ。三挺では一歩及ばず。四挺でやっと対等。彼を越えたくば、腕の立つガンマンを最低でも3人ほど呼ぶことだ、と…誰もがそう言うのだという。

「しかし四挺だって?ただ数だけぶら下げたところで腕前が変わるわけでもなし、銃を持ち変えてる隙に撃ち殺せば済むじゃねえか!」
うらぶれた酒場にて、酔いどれた男どもの酒の肴と成り果てたその噂が語られる。そんなものは、知らぬものからすれば、ただの馬鹿馬鹿しい話で。
「バカ言うな!それじゃあ二挺だ。アイツはな、四挺なんだよ」
「するってえと、なにか?腕が四本生えてるっつうのかよ」
問われた方は、顔をしかめ頷いた。客どもは一斉に笑った。
「けっ!コケにしやがって!だが実際会ってみろってんだ、ビビり上がってチビっても知らねえからな」
その男は拗ねて、酒瓶を呷った。
「四挺拳銃かあ。会ってみたいなあ」
間抜けな声がぽつりと呟く。彼はここの常連の中でも最年少のリーカーだ。…未成年である。
「決闘、してみたいね」
少年は大胆不敵に言い放った。自慢の得物を撫でながら。
「ギャハハ!バズーカでかよ!」
「そうだよ。相手は腕四本でも、拳銃だろ?それに本当に腕が四本も生えてるのかなあ」
行儀悪くカウンターへ脚を乗せながらリーカーは言う。
「アー、飽くまで噂だが奴は荒れ地…デザヴェラの荒野によく出るとかってさ。だが…正直会うのはお勧め出来ねえ…あまりにも素性が知れん」
リーカーの金髪をぐしゃぐしゃと乱暴に撫で、酒瓶を呷っていた男は忠告とともに教えてやった。しかし彼はなおのこと目を輝かせた。
「ありがとね。じゃ、おれのぶんの勘定頼んだよ」
「はぁ!?ちゃっかりなに言ってんだクソガキ!?」
だがそこに彼はもういなかった。リーカー、彼は無銭飲食常習犯でもある。


そうして、そこを発ったのが五日前。今、リーカーはデザヴェラの荒野にて…念願の「四挺拳銃」と対峙している。否、対峙というよりも、完全に相手にされていないため、一方的に食らいついている形になる。
「なあ…だからあんたなんだよな?」
「………」
男は無言を貫いている。黒い羽根帽子を目深に被り、同様に真っ黒なマントにより口許も覆っているため、彼の表情は読めない。想像よりも不気味だ、リーカーは思った。
「言ってなかったんだがその腕、マントで隠してるつもりなんだろうけど見えちゃったんだよね。…人より多めなやつが」
「………」
参った。こういうタイプの男か。リーカーは腕を組み、低く唸った。ぶっちゃけると、彼はこういった手合いが苦手であった。
「決闘、ちょっとだけ決闘してくれりゃいいんだよ…それで満足するから、すぐ帰るって」
「………」
依然答えはない。…仕方がない。ここへ来てから半日近くこの調子で頼み込んでいるのだが、ここまでダンマリを決め込まれるとなれば、一旦引き返すほかはあるまい。
「じゃ、また来るんで次までに考えといて…」
リーカーはあきらめて踵を返し、去ることにした。
「……三挺でもいいってんなら残りな」
それを引き止めるように、低く低く男は呟いた。ここにきて彼が初めて言葉を発したのである。
「なんだって?」
去ろうとするその足を止め、勢いよく振り返った。全身黒ずくめの男は頭を振る。
「言葉通りの意味だよ。…三挺。どっちだ。答えろ」
「四挺拳銃が自慢なんじゃあないのか?手加減のつもり?」
リーカーは言いながらバズーカを構えた。
「やるんだな」
言うより速くマントの下から腕を三本伸ばすと、彼は目にも止まらぬ速度で発砲した。リーカーの足元、頭上ギリギリ、脇腹を弾丸が掠めていった。
「お、おいおい。速いな。それに三挺ってどういう了見なんだ、よ!」
言いながら彼も、負けじとバズーカを数発ぶっ放す。そうしつつも、彼はあの男に当てられる気はしなかった。…予想は的中し、どういった道理か男は無傷だった。
「…反対だから」
「反対ぃ?」
「ロビーの野郎は反対している。そう言ってんだ」
言うと男は瞬時にリーカーの眼前に移動し、その額に銃口を突き付けた。
「俺の勝ち。…まァ、そのバズーカ…なかなか良かったんじゃあないか。…これは俺の本心だ」
「……!だから…お前…どういうことなんだ、全然わからないよ!ロビーって誰だよ!」
リーカーは銃口を突き付けられたまま吠える。男は肩を竦め、銃口を下ろし、仕舞った。それから四本ある腕のうち一本を指差した。
「ロビー・マゼッタ…という野郎の腕だ。その逆のがアルフレッド・ホーン。武器商人だったかな。そして…色の黒いこれが…我が宿敵バロア・ロドニー」
「待て待て待て待て!何を言ってんだよ!?それ、じゃあつまり全部自分のじゃあないのか、どっかの誰かさんの腕を繋いで…?」
リーカーは青ざめながら彼の腕をまじまじと見つめた。
「……いや。こっちの左手は…正真正銘俺の…ブルーノ・ジェーンのものさ」
リーカーに背を向け、ブルーノと名乗った男は左手を振りながら言った。…ブルーノ・ジェーン。「四挺拳銃」。四本の腕を持つ男。一本は好戦的。二本目は理性的。三本目はやる気がなく、…四本目。それはとても気まぐれ。実際に、彼が四挺拳銃で戦う姿を見たものは、極めて少ない筈であろう。なにしろ、『四人一致』で、打ち倒すと決めた相手というわけなのだから。
「…えーっと。また来るけど、その時になったら四挺拳銃してくれる?」
「………」
「…ですよね。あっそうだ!」
リーカーは唐突に大声を上げた。そして、去り行くブルーノのもとへ走り、その横へ並んで歩いた。
「銃、全部抜くまでおれがこうして張り付いてりゃいいじゃないすか!」
満足げに笑い、一人頷くリーカーをブルーノは二度見した。
「…冗談じゃない」
「うん、冗談じゃない。本気。ってことでよろしく」
にこにこと笑い、手を差し出してくる少年を軽く睨み、彼は頭を抱え、ため息をついた。
「……お前、ところで財布とか持ってきたのか?」

おわり

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