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仮面の金髪美青年

創作。

私は屋敷に来ている。来いと言われたから。誰に?目の前にいる、貴族調の服を纏った金髪の男にだ。この屋敷もまた、眼前の男のようになんというべきか、コテコテの装飾だらけでどうも居心地が悪い。私は溜め息をつき、前を歩く男に続く。奴の服の装飾がひらひらと落ち着きなく揺れ動いている。
「さ、こちらへ」
男はくるりと振り返り、客間であろう部屋へ入るよう促した。
「……」
材質のよくわからないソファーが、細かい細工の施してあるテーブルを挟み対面して配置されている。絨毯の刺繍、カーテンの嫌みったらしい高級感、薄明るい照明。……気に入らない。
ソファーに荒々しく座ると、奴はお茶でも淹れてくる、と一旦部屋を後にした。私は視界を遮る前髪を弄りながら奴を待った。しばらくすると、男は茶と茶菓子を持ってやって来た。
「お待たせ。よし、話をしようね」
「名乗れ」
「うん?」
「名乗れと言ったんだが」
私はとぼけるその男に、名乗るように言った。私はこの男の名を知らない。知らないが、呼びつけてきたのだ。
「必要?」
「当然だろ」
「君は僕を知ってる、僕は君を知ってる。互いに必要な話がある、それだけでいいじゃないか?名前は然程重要なこととは思えないなぁ」
適当なことを言ってはぐらかそうとしているこの男の存在については確かに知っていた。知っていたから、呼びつけに応じた……だが、それだけでいいのはそちらの方だけなのだ。
男は腕を組み、思案したあと言った。
「わかった。じゃあ……そう、仮面の金髪美青年。僕は仮面の金髪美青年だ、長ければ美青年さんと呼んでくれていい」 
「は?」
嫌だ。断固拒否したい。しかしこいつはそれ以外提案しようとしなかった。渋々、そいつの言うとおりにすることにした。このような些末事に時間を掛けてはいられない。
「君は?」
「ないよ」
「僕に聞いておいて?君はないの?そうか、この僕に名前をつけてほしいんだね!だったら……リリカちゃんというのは?」
「拒否する」
この男にはネーミングセンスがない。
「ワガママだなあ!では…ルシアンなんてどうかな」
「…それならば」
「あ、気に入ってくれたかい!よかった。昔飼ってたペットの名前なんだけど」
そして一言も二言も多い。頭が痛くなる。男……美青年(自称)はぽんと手を打ち、真面目な表情を作ってみせた。
「呼んだのは我輩に他ならんが、話があるというのは君も同じだな、ルシアン?」
「そうだ。俺はあんたに聞きたいことがある。単刀直入に言おう。お前、研究所に出入りしているな」
研究所。この辺りでは曰く付きの施設である。「妙な生物を産み出してる」「死人を生き返らそうとしている」など、なにかと黒い噂の絶えぬ場所であるが、はっきり言える。その噂の大半は事実だ。少々、違ってはいるが。
「ああ。その通りだ。いけないことなんだろうけど、僕としてはそうせざるを得ないというか。他に方法はないんだ」
「やめとけよ。アレ、ロクに仕事なんかしないだろ」
「そう。でも、君のときは1週間程で出来たとか聞いたけど」
「あれは『趣味』だからだってよ。笑わせてくれるぜ、俺が今ここにいるのは奴の気まぐれってこった。……そんなのはいいとして、ありゃ仕事が絡むととたんにやる気なくすクズだ、わかんだろ」
本当にね、と言いながら美青年(自称)は頭を振った。私は美青年(自称)の淹れた茶を啜る。ひどく渋い。
「僕もね、何回も足を運んでその度に言ってるんだよね。早くしろって。だけど、アイツは怠け者で、一パーツ作っては丸一年寝るんだ。その繰り返し」
茶の渋味に気を取られ、うっかり聞き流しそうになったが何か妙なことを言った気がする。一パーツ?丸一年?
「なあ。お前、あんなとこに何しに行っている?」
美青年(自称)は黙り、ゆっくりと長い脚を組み変えた。
「答えろよ」
詰め寄ると、彼は長く息を吸い、両の手のひらをこちらに向け待ってくれと言った。それから
「まず、僕には妹がいる」
などと切り出した。私は黙って聞く。
「幼い妹でね。歳は……10…いや、まだ9だったかな?」
妙だ。この男は若く見えるが、9歳の妹というとあまりにも歳が離れているように思える。
「妙だ、そう思ったね。そうだろうよ。僕も年の差が100を越えた辺りからもう、数えるのをやめてしまった」
「なんだって!?」
「僕ら、たった2つしか離れていなかった筈なのにね。気付いてるだろうけれど、妹の肉体はとうに死んでいる」
美青年(自称)は表情ひとつ変えず、訥々と語る。成程。この男は妹の肉体を、アイツに作らせているというのか。
「そういうこと。あの野郎の仕事が遅くて、こんなに時間が掛かってしまっているけど。今は…頭部、右目、胴体、右手、右足…が出来てるかな」
「あと左半身か」
「うん。急かしてるのに、アイツったら僕の身体が朽ちるのが先か、これが完成するのが先か、なんて言って笑いやがるのさ。この美貌を保つのも楽じゃあないんだよね」
「それなんだが、お前が生きてるのとそんな風に若いままなのは何だ?それも、研究所の仕業か?」
「美しさの秘訣?いやあ、それは企業秘密。というのは冗談で、ただ人並み以上に美容に気を使ってるだけさ?他には本当になにもしてない」
「あっそ」
研究所の仕業でないならどうだっていい。別にお前の美意識とか聞いてない。
「そうそう。ルシアン、君はたぶんこの屋敷の雰囲気とか僕の服装とか、そういうのにちょっと理解できないみたいな顔したでしょ」
「おっと。バレていたか」
「これ、素敵だけど実を言うと僕の趣味ではないんだ。フリルにリボン大いに結構、だけど本当は違うんだな」
「つまり……なんだって言うんだよ」
「身体はとうに死んでいて、現在製作中。だったら、心…精神はどこにあるでしょう」
そうだったのか。だというのなら……いや、今更だがこいつ、狂っていやがる。
「お前の中。……変だと思ったんだよ。てっきり最初の方に言ってたあれ、ふざけてんのかとばかり。ほら、我輩って言っただろお前」
美青年(自称)は両手を広げ、わざとらしく驚いたような仕草をしてみせた。
「気付いていたんだねえ。あれは妹がふざけて言ったのさ。僕の身体なのをいいことに。そして服とか屋敷の内装は妹の趣味ってわけ」
美青年(自称)は言うと茶を飲み干し、茶菓子に手を伸ばす。この茶菓子の趣味も、もしかしたら。
「お前……それでいいのか、美青年さんよ」
「なあに。妹の身体が出来るまでの辛抱……」
その辛抱が、もう既に100年以上経っていて、それでいて尚掛かるというのに?
そのままでは……
「……話は終わりだ。ごちそうさん。せいぜい気をしっかりな、そんで長生きしろ。爺さん」
「爺……!?美青年って呼んでって言ったじゃん!?」
「美爺さん」
「だから!もう!」
研究所のあの野郎が恐らく人間じゃないこと、こいつが何をしに研究所に来ているのかということ。それをなんとなく知ることが出来た。ここにしばらく用はないだろう。ただ……もし。もしも。
「おい」
「何だろう?」
「……何でもねえよ。達者でな」
……その続きを言えていたら、この男があんなことになるなんて事態を、避けることが出来たのだろうか。

仮面の金髪美青年(イメージ)

ルシアン(イメージ)

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