火
創作です。
火を食らう男がいる。
それは、所謂曲芸としての「火食い」などではない。正真正銘、食事としてだ。それが何故食事として成り立つのかはわからない。もしかしたら彼は人間ではないのかもしれない。しかし、そんなことは些末なこと。言及すべきはそこではない。火食い男曰く、熱ければ熱いほど旨いという。ライターの火はインスタントな味がして、マッチの火はおやつのようなもの。原始的に起こした焚き火は暖かみのある味がするという。どういうことだろう。たまに気が向けばマグマを食いに行くらしい。もはや火じゃあないが、これはご馳走だと彼は言う。訳がわからない。それから、一度口にしたい火は「聖火」とのことだ。だが、と彼は続けた。中でも特に気に入りの一品(?)がある、と。聞けば、今はそれを口に出来るかはわからないそうだ。何故?尋ねると、火食い男は遠い目をして答えた。
「その火が今なお、生きているとは思えない」と。
火を操る女がいる。
所謂パイロキネシスというものだ。小さく、大きく、熱く冷たく。自在に操る力があった。何より、特異なのはその炎が黒いという点だ。どす黒い炎。その火は、優しい使い方も出来たはずだった。だが、彼女の炎はただ焼き尽くすだけ。後にはなにも残らない。残さない。生ける炎。災厄の火。その温度を自在に操ることが出来ながら、破壊の為だけの力ゆえに一切の調節をする気はない。人は、動物は、自然界は、あらゆるものはこれを畏れた。彼女はそれが心地よかった。気まぐれに燃え盛る恐ろしき焔。それが彼女だった。そんな彼女を、当然ながら危険視した存在があった。神だ。神は彼女をどこかへ追放した。ありとあらゆる生命の天敵であるとして。どこへ?そんなことは、神しかわからない。生きているのか?死んでいるのか?それも不明だ。死んでいると考える方が自然だろう。何故か?無理はない。これは100年以上も前の出来事だからだ。
バカな。認めたくない。認めてたまるか。やっと自由を手に入れたのに。やっと、存分に暴れられると思ったのに。全て全て燃やし尽くしてやろうと、この時を愉しみに待っていたというのに。わたしが生きてきた意味はなんだったのか。徒労に終わるのか?
「逃げ延びてやる」
そんな言葉が思わず口に出ていた。逃げ延びる。わたしが?何故このわたしが、虫のように地を這い逃げ回らねばならないのだろう。これもあの男のせいだ。そも何故生きている?あれは何者だ?人間などではない。あれさえいなければ。灼き尽くして……いや。違う。駄目だ。それが出来ないから、叶わないから、わたしはこのように屈辱的な真似をするしかないのだ。腹立たしい。憎々しい。忌々しい。それがもし、正義感で動くバカならば、小生意気だがまだ許せた。それなのにあの男は。あの阿呆は。最後に会ったとき、あれは言った。忘れもしない。
『とても美味しいね、この火。初めて食べた』
美味しいだと?効いてもいない。煙すら上がってない。わたしの焔は綺麗にあれの腹に収まった。
『ご馳走さまでした。いくらでも食べられそうだけど、ここまでにしておこう』
許せない。許せるものか。わたしを打ち倒す為でなく。この世に平和をもたらす為でなく。
『じゃあね。近いうちに、またご馳走になろうかな』
己の腹を満たすためだけに。わたしの前に立つか。
「二度と会うものか。あんなものに」
屈辱だ。屈辱だ。この状況も。あの時のことも。あの男が生きているということも。怒りが収まらない。怒りが。自らの操るどす黒き焔のような怒りが。己の身を焼いている。
「ああああああ!!」
雄叫びを上げ、怒りに任せ、辺りに炎を撒き散らした。火柱が一面に噴き上がる。燃える。目に見える全てが。しかし、それは。瞬きのうちに消えてしまった。何が起きたのか。彼女にはわかってしまった。
「ああ、よかった」
灰まみれの更地に、人影がある。
「誰かから聞いたけど、本当に生きていたなんてね」
彼女の額を冷や汗が伝う。何か言おうとした口からは、ひゅうと掠れた音が出ただけだった。
「うん、やっぱり最高に美味しい。つい、挨拶もなしにがっついちゃった。よくないな。では改めて」
何故?何故こうも間が悪い?だがひとつだけ理解したことがあった。恐らくこいつが。わたしにとっての。
「いただきます」
天敵だったんだ。
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